子供たちはまだ小さく

 

次男は幼稚園児 長男は小学生

末っ子はまだ赤ちゃんだった

避難生活はしなかったけれど

電気はすぐに復活 テレビを付けた

驚くことに 最初の報道では神戸の震度は表示されていなかったという

 

当時私たちは2階で家族5人で寝ていました

パパさんは早朝から隣の部屋のPCに向かっていた

 

今の人たちは知らないと思う

当時は「パソコン通信」があった 早朝に「テレホーダイ」なのものがあり

電話回線を使ってなのでPC繋げていると家の電話は話し中になる

当然電話代もかかる

 

が このパソコン通信で我が家は色々な情報を得ました

どこそこでお風呂が解放されているよとか

どこそこで水が汲めるとか

食材の提供とか 我が家はストックの食材もあり家も全壊ではなかったし

ただガスと水が止まったのは大変でした

 

家族だけなら なんとか乗り越えられるが

義姉族と舅夫婦が避難してきた 当然何もしない文句は言う

寒いから鍋がいいとか 

1階は義姉族と舅夫婦に占領された

特にトイレ 水が流せない

最初の1日は前日のお風呂 いつもなら風呂の水は抜いているのに

この時はそのままでした なので1日目は残り湯をバケツに入れ廊下に並べ

各自で流してもらう が

 

義姉族4人 舅夫婦2人 家族5人 計11人と

当時の愛犬 柴犬の女の子アベル 私にしたら家族の1人なのに

当時のパパさんも義姉族 特に舅は家に(玄関でいいからと言いましたが)

犬なんて💢とアベルは庭で過ごすこととなりました

吠えもせず 外の犬小屋でおとなしくしていました

ドッグフードはあるものの 水です

寒いので少し温めてあげたいと カセットコンロで少し温めて

それでも1月の外は寒い 毛布をたして 犬小屋の出入り口をレジャーシートで

風をふさいで

 

小さい子3人 今あの時の自分に「よく耐えた」と

 

震災を知らない子供たちが増えていく

当たり前の生活が 一瞬でなくなる 変わる

 

でも あの時は家族全員無事だった

この事が どんなに幸せだったことか

 

義姉族や舅夫婦の事なんて足元にも及ばないほどに

家族がいるって言うのは何よりも大切な事だったんだと気づきます