おすましペガサス




無意識のうちに正しいと思っていた考え方が、気持ちよく壊れていくように




現実において体験することの質が全く変わってきつつあります。変わっていくことへ素直に生きることが心地よくなってきたような




🐒変わらざるを得ない、混じり合うってそういうことって話してくれていたね。




信念体系の設定を根本的に変えていくと、いかに思考の範囲内ですべてをおさめようとしてたのが分かります。




○○のために、○○をする

↓



これがもう強制的にできなくなってきていて、笑




じゃあ、どうなってるかというと…

自分に集中しているだけの行き当たりばったり人生になってる。これでいいの?っていうくらいに事前の準備や心構えとかは無くなっています。




その瞬間を心地よく生きるに集中してる感じ








初茶会




となってくると、ふにゃふにゃな状態でポンっと現実のなかに入っていくわけです。




この日は私にとっての主催側で参加する初茶会、裏方でどう動くのかを先生から何となく教えていただいてよく分からないけれど動いていきます。




ふにゃふにゃだと、現実でフワフワしてしまうのでは?と少し心配もあったけれど




逆に五感というか、本能的な感覚が冴えてくるのを感じて驚いてます。確認のために時間はみない、現状を把握するために頭で整理しないからこそ




瞬間にコレ!で動けるようになってくる




中身はふにゃふにゃでも、浮き足立つような不安定なものではないんだという発見💡もっとも心静かで、内なるリズムに耳をただ傾けてるというような…




秋分前に大きく軌道修正ができて本当によかったな、もう外側のなにかじゃないところ、ここにいる








渦が生まれる




この前、PTA活動で文化祭に参加したときもそうだったこと




これも、そのときにはまったく気づいていないわけですが、眠ってるときに巻き戻し再生の現実を夢で見ていて




詳しくは覚えていられないけれど、どうやらエネルギーの渦が起こってたのが分かるのですよ。ゴォォ〜っというものすごい勢いのが




…だからこれは何なの?

というのもよく分からないけれど、目的を定めてないから自然とそうなっていった。それだけなのです




おもしろいと思うのは、参加した現実がその世界における二極の極みのような戦場の現場だったこと




その事情を直前に知ったところで、わたしにはどちらかであってもそうでなくても…と言う偏りのないふにゃふにゃなスタンスなので、ただ自分に集中する。




そう言えば、🐒やわらかく在るということはどこまでもクリアな視点からみることでもあるよ、を思い出す。




終わってみると、だれもがその事情にのみ込まれることよりも、自分という軸と視点を生かして自転に集中したからこそ大きなエネルギーの渦が起きてたんだろうな




すべては終わった後からの気づきになりますが、そのときには一切分からないからこそ結果が美しい、これがおもしろいところです。




最初から準備しない、合わせにいかないってラクだし、とても正確なんだ〜ウインク気づき





気づけば、この日は

上弦の月、13の月の『月の月』最終日

愛知では色々なことが重なって起こっていたようです。↓