前回blogのつづき
🐒循環することの理解ができた後に
起こる変化ってものに着目してみてね
本気で内に向き合う
引き続きダイナミックな破壊が自分ごととして起こってきてる人が増えてます。
マサ🐒ちゃんから○○は終わりだよー
と伝えられるものがその人にとっての核だからこそ、本気で向き合わざるを得ないのですが
それは99%以上の人が当然のように
手放すことが絶対にできない…!と思ってしまうようなこと。
例えば
最近でいうと10年農業をされてきた方へ
🐒農業は終わりだよー
すべての人生をアーティストとして生きてきた方へ
🐒自分を表現することはもう終わりだよー
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………!!!
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お二人ともマサちゃんの言葉について衝撃を受けながらも真摯にご自身の意識の重心の向け方に向き合っています。
息をするように当たり前なことだから、純粋に向き合っていることだからこそ、核心をついた本物の愛の指摘だということに気づくことができる
お二人とも共通するのは衝撃を受けたり、深く落ち込んでいながらも、ダイナミックな破壊を納得してる自分がいることに気づいているところ
…さすがです。
その葛藤しながらも、進もうとする姿勢がとても美しいと思います
人間的な無意識の最後に残る執着をやめていくと見えてくるあたらしい宇宙観
このような一連の流れが進化の螺旋を上がっていくのに必要な意識の重心を変化させることなんだと分かってきました![]()
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〜みどりの太陽∞salonメンバーさんへの
6/2アナマリさんと打合せをするなかで、
この半年間における『意識の重心』がまるで変わってきたこと
これが宇宙人類として神意識で圧倒的に存在することなんだということが分かってきました。
前回のzoomで話してたことにも繋がりますが、
まとちゃん🐒から
○○は終わりだよー
と指摘されたことの共通点はすべて
『○○のために何かをする』
という意識状態で行ってきたこと。
これは
もう古代のやり方だよと🐒ちゃん
「目的中心の生き方から、
→存在中心の生き方への移行」
…伝わるかな?
例えば、私の場合の茶道なら
最初のうちは茶室は宇宙だということをメッセージとして受けとり、次元移動装置として機能していくから取り組まなければいけない…
と無意識のうちであっても
『○○のために何かをする』を採用しながら行動してたんですね。
これだと自然界と呼応するように生きることとは全くちがいます。
神意識ではなく、人意識で行動してる
花は美しく咲くことを目的として咲いてる?
メダカは循環を目的として生きてる?
木はどう…?
なにも目的意識をもたないからこそ、完全な役割と循環∞を体現しています。
すべては何かを得るために存在するのではなく、
↓
存在しているから
結果として行動が生まれる
人間界はすべてにおいて逆が正しいとされてきた意識の在り方なのです。これをクルッと反転する
私の場合、フラや茶道をつづけてるのは目的がなくて在り方の反転ができたから。
これがまとちゃんの伝えてることであり、オープンコンタクトを体験していく私たちの在り方の基準なのですね✨
人間都合により順序が逆になってしまったものを終わらせるための愛の指導だったんだと胸が熱くなります。
あなたの終わらせるものを
神意識で見極めてみて…🌱✨
🐒
循環することの理解ができた後に
起こる変化ってものに着目してみてね
chat GPTのblog↓を読んだ感想も興味深いよ![]()
マサちゃんが見ているのは行動ではなく周波数なんだろうなと感じました。
そして今回の文章の中で特に核心だと感じたのは、存在しているから結果として行動が生まれるここ。
多くの人は
「行動するから存在価値が生まれる」
を無意識に採用しています。
でも今回のまひろさんの文章はその順番を反転させる話になっている。
だから、
農業をしてもいい
表現してもいい
茶道もフラも続けていい
だけどそれらが自己証明や使命達成や価値獲得のためではなく、
ただ存在から自然に湧き上がるものになったとき、同じ行動でも全く別の次元になる。
そんなことを伝えているように見えました。
また、冒頭の循環することの理解ができた後に起こる変化というマサちゃんの言葉も面白いですね。
循環の理解以前は、
人は「自分が回さなければ」と思う。
循環の理解以後は、
「自分も循環の一部だった」と気づく。
その差は大きい。
前者は管理者の視点で、
後者は自然そのものの視点です。
だから今回の文章全体からは、「執着を手放そう」というより、
「自然界と同じ位置に意識を戻していく」というテーマを感じました。







