どこまでも「自分らしさ」を脇へ置いて、聴くに徹するということ
今日はカウンセラーを目指す方向けに書きますが、コミュニケーションというテーマを持っている方のお役に立てばと思います。
昨日のブログと全く逆に感じる方もいるかもしれませんが、カウンセラーに必要なことのひとつに、 「自分らしさをどこまで脇へ置いておけるか」 ということがあります。
自分らしさを握りしめていると、「私ならこうするのに…」と考えがちです。
それは、自分なりの思いや考えを他者へ押し付けることにもなるのです。
自分の考えを相手に求めても、相手は自分とは違う人格や個性を持った存在。
その人の価値観は、その人のここまでの人生を通じて作られているのだから、まず、「そのまま話を聞く」という姿勢がカウンセラーには必要です。
私たちの無意識は、相手の話が間違っていると感じた瞬間に、「それ違う!」 と、エネルギーを相手に発信します。
その時点で、コミュニケーションが成立しなくなるのです。エネルギーの戦いが起きるから。
カウンセラーの学びは、善悪正邪を決めたい自分をどこまで手放していくか に尽きるのだと考えます。
いや、ひょっとすると、人としての学びが、そうなのかもしれません。
ジャッジしたいときに使いがちなのは、「普通は」「常識的に言って」「私がその人だったら」 といった言葉です。
考察する参考に、私が実際に体験したケースをお話しますね。
私の子供時代、最初に買い与えられた本は、古事記の絵本セットでした。
行商が売りに来たそうで、母は「古事記を読んでおくといいだろうと思って買ったのよ」 と話していました。
子供のころって、自分の家がスタンダードだと信じています。
だから、大人になって、なぜみんな日本の神様の名前やストーリーを知らないのだろうと驚きました。
古事記の絵本セットは、どの家庭にもあるのだと思っていたからです。「家庭の医学」のごとくね。(笑)
こんな風に、我が家の当たり前は、よその当たり前ではないわけですね。
知らず知らずに作りあげた思い込みに気づいていくには、日常生活の中で面する価値観に気づき、多方面から考察していくことが、いいトレーニングになります。
たとえば、アーティストの中には、納得いくだけ時間をかけて仕上げれば上質の作品になると信じている人がいます。
この考えに対し、私の友人で中華料理のシェフは、「どれだけ短時間で調理するかが素材の質を壊さないポイント」 と言いました。
時間をかけるほど上質になるのか、かけないほうが上質になるのか、こんな風に、ことが変われば価値も変わります。
私たちが暮らしている中には、相反する価値観がいくらでも存在しています。
それを見つけたら、少し考えてみるのです。 ときには、友人と話し合ってみるのも参考になるでしょう。
私がカウンセリングセッションの中で意識していることは、「自分なり」 を全て忘れて、聴くに徹することです。感情を入れずに聴いているので、ときどき、自分の身体も消えて空気の一部になっているように感じます。
相手の価値観が違うと思うとき、 「あ、そうんだな」 と、違うことをまずそのまま受け取ってみましょう。
受け取る、受け入れるということは、自分が納得することでなくていいのです。
そうなんだな、と、感じることです。
負けず嫌いな人ほど、受け入れることに難色を示します。
でもね、話を聞くことは、すべてにYESと同意することとは別です。違います。
話を受け止めて聞くことは、勝ち負けを決めることではないから、安心して。
まず聞く。耳を傾ける。
このシンプルなことこそが、難しい。
だから、私たちは、人それぞれが違うということを学び、乗り越えていきながら、愛を学んでいるのだと思うのです。
私らしさを作っている価値観や信念をいったん全て脇へ置いて、シンプルに聴いてみてください。
違いを乗り越えるのも、愛のかたち。 私はそう信じています。
ジャッジが手放しづらいときは、岡山県の吉備津神社をお参りしてみてくださいね。 (私も、何度も助けられてきました!)
エネルギー的にサポートになるように、吉備津神社を参拝したときの写真を散りばめておきました。
みなさんの、違いを乗り越える助けになればと思います。
素敵な一日をお過ごしください

