NSPで八月と言えば何と言ってもこのアルバム「八月の空へ翔べ」、しかし今回ご紹介する曲はいかにも八月らしくない、とても淋しく物悲しいイメージの曲となります。詩を書かれたのは天野さんですが作曲は平賀さん、そして私は詳しくないのでどう表現したらよいのかわからないのですが、歌の音声にまるで電話口から聞こえてくるような独特の加工がなされているように思われます。そしてそれが一段とこの曲の物悲しさを引き立たせるのです。
新しい街も 雨風にさらされて
すっかり色あせた 風景を作る
本当の僕は どこへ捨ててしまったと
無口だった街に 答えを探す
本当の自分と情熱を失い色あせてしまった心、そして雨風にさらされ色あせた様にしか見えない目の前の風景。希望の光が全く見えない、こんなモノトーンの世界に迷い込んだ男性がそれでも探し求めている答えとは、いったい何だったのでしょうか。
君と別れて今日で 幾日経つか忘れたし
北へ向かう旅は 明日も続く
北に住む私なので余計に感じてしまうのかもしれませんが「北へ向かう旅」という言葉に漂う淋しいイメージはどうでしょう。これが「南へ向かう旅」なら、暖かさに加え何か希望と明るさまで感じられます。実際には夏なら北への旅は涼しく楽しい印象になりそうなのに、文字に表すとそうはならない。日本語に根本的に付帯したイメージというものの不思議さを感じます。
僕らしい僕は 君といる時だったんだ
旅に出て思う 君の大切さ
情熱傾けた あの頃の僕は いくら呼んでも戻らない
よく「人は結局一人であり、友人も恋人も、そして家族でさえ最終的に他人の人生や苦しみを負えるわけではない」と言います。しかしこの世の全ての幸せは人間関係の中にしか存在しません。世の中に人との繋がりより大切な物などないのです。情熱を傾けたあの頃の自分は、君がいたからこそ存在したものだった。だから君を失った今あの頃の僕はもう戻りようもない、そう気づいたことで、この辛く淋しいモノトーンの旅もいつか終わりを告げるのでしょうか。
令和に入り辛い事件が続いています。大切な人を失った方々の前にモノトーンの世界が広がっていることを思うと胸が苦しくなります。それでもこれからの時間と優しい思い出が、その「色あせた風景」に少しずつでも暖かな色を加えてくれる日が来る事を、願ってやみません。