周りの人はすでに知ってくれてるよね。

そして家族も心友たちも、

ありのままのオレを受け入れてくれている。


学生時代からの友達で、

会えていない人はきっと、

あぁ、やっと白木で生きていくんやぁ!

そっちを選んだのかぁ。

やっぱりそーだったのね。

たまに更新するFacebookで知ってくれたと思う。

直接連絡をくれる人もいたり、

聞きにくいし、聞かずにいよう。。(-。-;  

の人もいるよね。笑




学生時代の頃から、

性別のことに関係なく、

ありのままの自分を

受け入れてもらえてたから幸せでした。( ´ ▽ ` )ノ


だからそんな、

会えていない友人に向けての

カミングアウトにしようと思う。



今ね、

心屋のマスターコースというところで学んでて、

そこのメーリングリストに送ったものを、

一部転写、一部改訂してお送り致します。。

ん?2回打つのがめんどくさい?笑

そうとも云ふ。( ̄Д ̄)ノ



オレ、トランスジェンダーなんです。

性同一性障害てやつです。

今の時代だから知ってるかな。

心と体の性が不一致という状態のことです。


あ、長くなること必至なので、

時間あるときに見てね( ´ ▽ ` )ノ



なんで、このタイミングでのカムかって、

トランスは、特別なことではないし、

こんだけの荷物を背負ってきたんです、という重さを開けっぴろげにしたくなかった。



特別な障害ではないのに、勝手に特別にして、
重く重く漬物石を背負って、目の前に立ち塞がる壁をせっせと作っていたように思う。遠い目。


障害っていうのは、なんかしっくりこないけどそれは時代だから仕方ないね。

障害ならせめて保険適用にしてくれ!(=゚ω゚)ノ

、、は、置いておいて。




物心つくころには、心は男性でした。

そして、体は女性でした。

あるものがない。ないものがある。



思春期のころはもう、毎秒ノイローゼでした。

24時間、
人生のリセットボタンがあればいいのに!!

そして、眠りにつくときには、

明日目覚めなければいいのに。

何を見ても、誰といても、

努力ではなんともできない苛立ちと一番の味方であってほしい親に理解されない苦悩。


そして、親を泣かせ苦しめるというダブル苦悩に

打ちひしがれていました。


「普通でええねん。
なんも難しいこと言うてへんやろ。」
「五体満足で生んだのに」
「あんたやとわかっていたら生んでへんわ」
「なんかに取り憑かれてんちゃうの?」
「死んでくれた方がいいわ」
「男で生きるなら、もうどっか行って」


誤解なきよう、

母は本当に愛の塊のような人です。

父は穏やかで聡明な人です。

兄は優しくて寛容で頼れる人です。

この素晴らしい人たちの家族に、自分が生まれたばっかりに不幸のドン底に突き落としてる。

自暴自棄になる罪悪感の塊でした。

でも、罪悪感があって良かった。

命は断てなかったから。


こんなに苦しめてるのに、自殺ともなればさらに迷惑かける、、。
という更なる罪悪感に救われた。

生きるとは、時に死ぬよりツライんだなぁと感じていました。あ、死んだことないけど。


なんで生まれてきたんやろ。



自分の為に生きるなんて

1ミリたりとも希望を持てなくて、

ある時、自分、棄てました。

自分のために生きれないなら、

せめて人のために生きようと決めました。



それまでは、親のために生き、

その決意をもって、

今度は人のために生きようと考えた。



それでしかその時は生きられなかった。



まぁ、情けは人の為ならず。で、

そんな状態でも結局は、

自分の為に生きてきたことに

変わりはないのですが。。





見るからに、斜に構えて、

誰も信じねぇぇ。

という目をして生きていました。


高校生のころからノンフィクションものの、

特に不幸ものの本を読み漁り、

または、

大自然を眺めては、自分の存在や悩みの小ささを、、

感じれませんでした。。( ̄▽ ̄)



それなのに、

出愛♡は本当にありがたく
(前の投稿でもかいたけど)

家族や友達に恵まれ、
先生に恵まれ、
救いの神のような人たちが
次々に現れてくれました。謎。


母のかわりに抱きしめてくれる人。

自分のかわりに泣いてくれる人。

笑ってくれる人。。。


その人たちのお陰で、今生きているんだと思う。

その人たちのお陰で、嫌われるのが怖い、

というのがやや少ない傾向になったとも言える。。

そんな状態ですら、

愛されていると感じざるを得ないほどに、

恵まれていたから。。。

で、親のために、
で、せっかく女で生まれた自分だから、

一度、女で生きてみよう!と違う努力をかれこれ
10数年、頑張ってみました。

親は喜んで、服やカバンを買ってくれました。



女友達に、化粧の仕方、家での過ごし方、

女性に関すること何でも聞いた。

だって、わからんから。( ̄▽ ̄)


するとどうでしょー。(=゚ω゚)ノ


女装に思えた自分でも、体は女。

そこそこかわいくなった。笑   見た目だけね。



そーか、これからは、

自分の好みの女性像を目指したらええねや!と、

わけのわからん気づきを得る。( ̄Д ̄)ノ


さらに、かわいくなった。笑


しゃべるとボロ(男)出るけど、

見た目とのギャップとしてとられた。



仕事は言うことないほどうまくいっていた。

家族もうまくいっていた。

だのに、なぜー♪歯を食いしばり、
君は~行くのか~そんなにしてまでぇ~♪

10代で胃潰瘍。
20代で椎間板ヘルニア。
30代本厄で子宮筋腫。。


それでも気合と情熱で、気がつかない状態だった。



365日24時間鳴る電話。
毎日、目の前で起こる奇跡たち。
こんなに充実しているのに、、、


でも、本当はもう疲れきっていた。
罪悪感が強すぎて、仕事好き過ぎて、
自虐的な生活そのものだった。
お金も時間も意識も、
そのほとんどを家族や人や仕事に費やした。



これ、過労死の域や。
今、幸せか?
自分の人生生きてへんやん。




ということにうっすら気づき出した2年前。

ぢんさん(心屋)を見つける。。w


しっかり気づいた昨年1月。

自分らしく生きる決意をする。



男として生きて、
女として生きて、
これからは、
理(さとる)として生きるのだ!イエス!



話合って話合って、
家族にも嘘のように理解が得られ、
やはり、愛されていたのだと気づく。。




生きながらに死んでいて、

ようやく、今1歳✨



偏りも酷いし、年数も長いから癖も強い。

バランスを取るために真逆のパターン崩し。



『自分のことしか考えない。』
『自分を一番に大切にする。』



誰かと交わることで、

棄ててきた自分を見つけてお帰り♪を言う。



苛まれていた日々も、裏返せば、

どんだけ自分好きやねん!てこと。



んで、あんまり気にせん、てとこや、

自己ちゅーなあたりは、

その言い訳には当てはまらない気がする。。爆



自分を乗りこなすのに今必至でいて、
ほら力抜いて、
頭で考えないで、
感じて、
また考えて、
何もしないで、
料理つくって、
好きなことして、

楽しいね♡
忙しいね♡



長くなってしもーたけども、

読んでくれてありがとう(^o^)/









オレ今ね、、


京都で、


最愛の♡ステキな彼女と、


アル😸と、


チョー幸せに生きてるから ♪( ´ ▽ ` )ノ


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またお愛できる日がアル♡