モノを手放せなくなる理由は、「高かったから」だけではありません。
「あの人からいただいたものだから」
「あの人が私のために作ってくれたものだから」
そんな理由で、使っていないモノを
ずっと持ち続けていることはありませんか?
たとえば、友人からいただいたお土産。
正直に言えば、あまり自分の好みではない。
使うこともない。
それでも、
「せっかく私のために買ってきてくれたのだから、手放したら悪いよね」
と思ってしまう。
その氣持ち、とてもよくわかります。
モノを手放すことが、その人の優しい氣持ちまで
無下にするように感じてしまうのですよね。
■反対の立場になって考えてみる
では、ちょっと反対の立場になって考えてみましょう。

あなたが旅行に行って、大切な友人にお土産を買ったとします。
渡した時に、
「わあ、ありがとう!」
と喜んでくれた。
あなたもうれしくなって、
「買ってきてよかった」
と思った。
そのあと、あなたは毎日のように、
「あのお土産、今どこに置いてあるかな?」
「ちゃんと使ってくれているかな?」
「まだ持っていてくれるかな?」
と考えるでしょうか。
おそらく、そんなことはほとんどないのではないでしょうか。
もちろん、その人の家を訪ねた時に、自分が贈ったモノを使ってくれていたら、
「わあ、使ってくれているんだ!」
とうれしくなるでしょう。
でも、贈った側は、相手が受け取って喜んでくれた時点で、
すでにうれしい氣持ちを受け取っています。
■そのモノが相手を苦しめていると知ったら?
では反対に、あなたが贈ったモノを、
相手が本当は使っていなかったとします。
「好みではないんだけど、もらったものだから捨てられない」
「これがなければ、ここをもっと使いやすくできるのにな」
「でも、手放したら悪いよね……」
そんなふうに、何年も悩みながら持ち続けていたとしたら、
あなたはどう思うでしょうか。
「私があげたものだから、絶対に持っていてね」
と思うでしょうか。
きっと、
「そんなに困っていたの? ごめんね」
「無理して持っていなくていいよ」
と思うのではないでしょうか。
私だったら、自分が贈ったモノによって、
その人が苦しくなっている方が悲しいと思います。
■「モノ」と「氣持ち」は同じではない
ここで、私はとても大切なことがあると思っています。
それは、
いただいたモノと、いただいた氣持ちは別
ということです。
旅行先で、
「これ、あの人に似合いそう」
「喜んでくれるかな」
と、私のことを思い浮かべてくれた。
私のために選んでくれた。
その優しい氣持ちは、確かに受け取りました。
そして、
「ありがとう。私のことを思ってくれたことがうれしい」
という感謝の氣持ちは、
モノがなくなったからといって消えるものではありません。
そのモノをずっと持っていることだけが、感謝ではないのです。
感謝は、モノの中ではなく、自分の心の中に残っています。
■いただいた氣持ちは受け取り、モノは「今の私」で選ぶ
もし、いただいたモノが今の自分にとって本当に使いたいものなら、
もちろん大切に使えばいい。
使うたびに、その人の優しい氣持ちを思い出す。
それは、とても幸せなことです。
でも、今の自分は使わない。
持っていることで、かえって心が重くなる。
そんな時まで、
「いただいたものだから」
という理由だけで持ち続けなくてもいいのではないでしょうか。
いただいた時の優しい氣持ちは、きちんと受け取る。
感謝もする。
そのうえで、モノについては、
「今の私は、これを使いたい?」
と問いかけてみる。
それでいいと、私は思っています。
■感謝することと、持ち続けることは別
もし、いただいたモノをすべて一生持ち続けなければならないとしたら、
どうなるでしょう。
お土産も、
プレゼントも、
手作りのものも、
人からいただくたびに、家の中に増え続けていきます。
それでは、いつか暮らしが成り立たなくなってしまいます。
だから、
いただいた氣持ちは、ありがたく受け取る。
そしてモノは、今の自分が心地よく使えるかで選ぶ。
私は、それが贈ってくれた人にとっても、自分にとっても、
そしてモノにとっても、心地よい関係なのではないかと思っています。
感謝とは、モノを持ち続けることではありません。
「あの時、私のことを思ってくれてありがとう」
その氣持ちを心の中に残しておくことも、立派な感謝なのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
整えライフスタイリスト®
中村のぶ子
✨2027年2月 初書籍出版決定!✨