ビットコインとの出会い

私がビットコインに興味を持ったのは、資産形成の選択肢としてだけでなく、“未来技術への投資”という視点からでした。

仕事柄量子コンピューティングやAIといった分野に関心を持つ中で、ブロックチェーン技術の可能性に惹かれたのがきっかけです。


なにより、貨幣価値に国境がないという概念に、美しさを感じました。だれが決めたのかも分からない見えない線引きのために、人は争っています。

もしその境界が意味を持たなくなれば、紛争のない、もっとすてきな世界が訪れるのではないか——

そんな願いを込めて、私はBTCへの投資を始めました。
残念ながら、その後もウクライナやガザ地区では紛争が勃発し、今も続いています。

現実は理想とは違うけれど、それでも私は、通貨が国家の枠を超えて、個人と個人を直接つなぐという思想に希望を見出しています。

ここには、自由と創造性、そしてグローバルな連帯感が宿っているように思うのです。

 

 

ビットコインは“通貨”か“資産”か?

目にすることも、手に取ることもできないビットコインという存在に、多くの人は否定的な意見を持っています。
私の周りにも、詐欺にあった人が何人かいました。
その多くは、他人に売買を任せてしまい、大切なお金を託してしまった人たちでした。
今では取引所で個人での口座開設がでるので、他人に任せる必要などありません。

時代は今、過渡期にあります。デジタルでの支払いが進めば、紙幣は不要となり、やがてビットコインで商品を購入することが“普通”になる時代がやってくると、私は考えています。

今はまだ、ビットコインを資産として保持する人が多いようです。
価格の上下に一喜一憂する人もいます。
でも、10年後、20年後には、日本でもビットコインで買い物ができる時代が訪れるでしょう。
紙幣として通用する時代——それは、国境や制度に縛られない、新しい価値のかたちかもしれません。

 

私の投資スタイル

 

実は、今年はまったくBTCを購入していません。
私が少額ずつBTCを買っていたのは、1BTCが400万円くらいだった頃。

最後に0.01BTCを購入したのは、1BTCが600万円ほどの時だったと記憶しています。


それ以降は、BTCそのものではなく、関連株を少しずつ買い増しています。

いわゆる“BTCのクジラ”と呼ばれる企業——マイクロストラテジーやテスラなどです。ほんの少しずつですが、着実にポートフォリオに加えてきました。
中でもマイクロストラテジーは、すでに15倍〜20倍の利益を生み出してくれています。これは単なる値上がりではなく、BTCという思想に賭けた企業の成長を、間接的に応援してきた結果だと感じています。


私の投資スタイルは、短期的な値動きに振り回されることなく、静かに、でも確かな意志を持って“未来への種まき”を続けること。BTCを直接持つことも、関連企業を応援することも、どちらも私にとっては“通貨を超えた価値”への投資なのです。

 

 

家族と共有する未来への種まき

 
私が保有しているビットコインは、万が一、紙くずになったとしても、諦めがつく程度の金額です。
けれど、私はビットコインを“長期保有”するつもりでいます。
いつかやってくる老後。
私は今63歳ですが、20年後、家族に「ちょっと買い物お願い」と頼む時に、ビットコインで支払いをする未来を想像すると、なんだかワクワクしてしまいます(笑)

もしかしたら、その頃には1BTCが1億円になっているかもしれません。そうなれば、私の老後はバラ色ですし、家族にも何かしらの“贈り物”ができるかもしれません。
私のビットコインは、単なる資産ではなく、“未来への種まき”のようなもの。
家族と共有する時間、価値観、そしてこれからの暮らしの可能性を、静かに育てている感覚です。
 

 

私とビットコインのこれから

 
ビットコインは、私にとって“数字の資産”であると同時に、“自分への贈り物”でもあります。
国境を越え、時間を越え、価値をつなぐその存在は、私の人生設計の中で静かに息づいています。
投資というと、利益や損失ばかりが語られがちですが、私にとっては“未来への種まき”。

家族と過ごす日々の中で、いつかビットコインで支払いをする日が来るかもしれない。
そんな想像が、老後の暮らしに少しの彩りと希望を添えてくれます。
もし1BTCが1億円になったら——それは夢のような話かもしれません。
でも、夢を描けることこそが、今を生きる力になるのだと思います。
これからも、静かに、でも確かな歩みで。
“私らしい未来”を描く一粒として、ビットコインと付き合っていきたいと思います。

最後に


仮想通貨については、私の周りでは圧倒的に拒否派が多く、誰かとの会話で話題に出すことはほとんどありません。
だからこそ、こうして“ちょこっと”ブログに書いてみました。
これは、誰かに説くための文章ではなく、未来の自分へのメモのようなもの。
20年後、にっこり笑っている自分を信じて。
その時、ビットコインがどうなっているかは分かりません。
でも、今この瞬間に“自分らしい選択”をしていることが、何よりの希望です。
静かに、でも確かな歩みで。
私とビットコインの物語は、まだ続いていきます。