
自分ルール改定セラピストのayaでございます

今日もオータムフェストにいきましたー!とは言いません。笑
昨日行ったんだけどね٩( ᐛ )وいぇい!
昨日は肉巻き棒とナントカ豚を半分ずつ。
あとはチキンナントカも半分こ。
肉ばっか!!ψ(`∇´)ψ笑
肉を食べたい!!と意気込んで行ったので、見事目標を達成して帰って来ました!
ではこの記事の続きです。
今日で完結予定♡
ヒプノセラピーで前世を見たいと思ったことがある人はたくさんいると思うし、
これから見て見たい!と思っている人もたくさんいると思います。
前世の感情や、そこから得た気付きや学びを自分で体感できるのがヒプノセラピー最大の魅力と言っても過言ではないと思います。
前回までの記事にも書きましたが、
その時セッションで感じたことは、私の背中を押してくれるものがたくさん含まれていました。
そして時間が経つことによって思い出されるものにも、大きな気付きや学びがありました。
これはきっと、その時その時の自分の器に合わせて受け取ったもの。
当時の私の器で受け取ったものは、
「足が悪くても、ひとりで出来ないことがあっても、幸せになっていいんだ!」
「自分の幸せにもっと積極的になっていいんだ!」
そして
「自分にしかできないこと」ってなんだろう?
「やりたい事をどんどんやっていい」って何をしたらいいんだろう?
単純にそう感じたことで、その言葉の本質を探ろうとしていたようです。
そしてあれから数年経ち、
あの時の私から何か変化していた私の器で改めて受け取ったものが、
自分にしかできないこととは
今の自分を満たし続けること。
やりたい事をどんどんやるとは
自分の小さな欲求を見逃さないこと。
どちらも今すぐにでも出来ることで、
難しいことではなかった。
きっとあの時こんな風に言われても、
おなかに落ちるようには受け止められなかったと思う。
今の私だからそう受け取った。
過去の私ではこんなにシンプルに受け止められなかった。
それが良いとか悪いとかでは無く、
ただその時の自分で受け取り方がこんな風に変化するという事を体感できた。
そこで私は考えてみました。
じゃあ散々繰り返して来た左足首のケガはなんなのか??
左足首のケガの歴史と、その時思い出せる事を紙に書き出してみました。
①中学生の時 →靭帯損傷×2 骨折、
とにかく我慢していたことがありすぎる(とくに2年生の時)
部活内や友人関係、特定の人からの嫌がらせ。
親からの理不尽な圧力。
見た目のコンプレックスで他人の目が気になって仕方ない。
②高校生の時 → 靭帯損傷、腫瘍摘出手術
学校がつまらなすぎて辞めたいが辞めさせてもらえない。
相変わらず見た目のコンプレックス。
親との関係悪化。
大切な友人を亡くす。
ダンスがすべての逃げ道。
③専門学校でダンスをしていた時 → 靭帯損傷
初めての一人暮らしでお金の心配ばかりしていた。
当時の彼氏に勝手に私物を売られて殺したくなる。笑
当時の彼氏の過度な束縛でストレス大。
④その後社会人になって → 靭帯損傷×3 断裂×1
ハードすぎるスケジュール。
やりたくない仕事を我慢していた。
イヤと言えずキライな人と我慢して関わる。
親との関係性にストレス。 など。
書いたらわかった。
私の左足首のケガは
強制終了のサイン
私はアホみたいに笑って我慢する子供でした。
自分が散々傷付いてるのに、
私を傷付けている相手を傷付けないように。
そして、いつも笑ってごまかしてたけど、
本当はコンプレックスの塊で
いつも人の目が気になっていた。
今後関わらない人には強気に出られるのに、
明日も関わる人になった途端、
言いたいことが言えない人でした。
我慢することがすべてのベースになっていたので、
どんなにやりたいことでも
どんなにやりたくないことでも
我慢なしに何かが出来るとは思っていませんでした。
いい加減それやめろ!!って私が私に思いっきり強く訴えてくる方法が、
左足首のケガだったようです。
そして、ケガで動けない私は前世の私と同じでした。
ひとりではどこにも行けない。
立ち上がるだけでハラハラするような足取り。
「私って役立たずだなー」という考え方。
頑張ろうにも頑張れない。
でも私はどんなにケガで動けなくなっても、
役に立たない私を必ずたくさんの人が助けてくれた。
買い物をしてきてくれる人。
車で送迎してくれる人。
病院に連れてってくれる人。
心配して様子を見に来てくれる人。
足を鍛える方法を教えてくれる人。
ギプスの時は見ず知らずの人からも、
たくさん手を貸してもらった。
みんな普通にやってくれた。
この事を思い出した時、
全てがまっさらになったように感じました。
私は
なんにも出来なくても
いいんだ。
そうやって何も出来ない自分や、役に立たない自分を責めるんじゃなくて、
素直に人に頼ること。
甘えること。
出来ないと言うこと。
ただそれだけが出来ればいいんだ。
なんにも出来ない自分になることで、
何もしなくても大切に扱ってもらえる自分を知ったんです。
正確にはそうだった↑とあとから気付いた。
私は今まで大切に扱われたくて
自分に付加価値を付けようと必死だったなーってことにも気付いちゃった。
そんなことしなくても、
私は私としてそのまんまで生きていてよかった。
だから前世の私は後半の人生で
ただおしゃべりしたり、本を読んだりしているだけであんなにも楽しそうにしていたんだ。
出来ない事を出来るようになることが幸せじゃない。
前世の私も気付いていたんだ!
みんな幸せになるために生きてる。
だからきっと生まれ持った病気があっても、
カラダのどこかに「標準」と違うものがあっても、
親がいなくてもビンボーでも
その状態で幸せになれる人だから
そのカラダとその環境で生まれてきたんだ。
今がツライ人は
他人を頼って甘えてみればいい。
イヤならイヤだ!って勇気をもって言ってみればいい。
自分が最初から持ってる幸せに生きるチカラを
もっともっと信じていい。
幸せに生きるために遠慮なんていらない。
誰に遠慮してるの??
なんのために??
どうして??
自分のせいで誰が不幸になるかも!なんておこがましいことなのかもしれない。
だってそれは、
相手が幸せに生きられない人だってどこかで思ってるからじゃない??
そして、自分は相手の人生をも不幸にする影響力があるって思ってるんでしょ??
だったらその影響力
自分のために使ってみよう。
自分に影響力のある人って
ステキだと思う。
あの時に見た前世から、
数年の時を経て今の私が改めて受け取ったもの。
かなーーり長ーーくなりましたが、
こーゆーことです♡笑
野中先生に言われた、
「今は分からなくても、あとからちゃんと分かってくるわよ!」はまさに!!でした(*´∀`)♡
久っっっしぶりに言うけどさ。
ヒプノセラピー
みんなやればいいのにぃー!!
ねっ
久しぶりでしょ!笑
