こんにちは。

 

小夜子です。

 

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夫(夜明けさん)に拒否される側のレス妻です。

 

新婚からずっとセックスレス。

気づけば干支一周回ってました。

 

私と夫の夜明けさんが本当の意味で向き合い始めるまでの12年間の歩みを綴っていきます。

 

本ブログはセックスレス解消指南ブログではありません。

 

「どう生きるか/死ぬか」に真剣に向き合った私の人生のターニングポイントの記録です。

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前回のお話はこちら。

 

 

またその場しのぎの一言で乗り切ろうとしている夜明けさん。

 

 

本気で悲しんでいる私に対して、なんて不誠実で適当な一言。

 

ショックでした。

 

目の前が真っ暗になりました。

 

どうしてこんなことを言うんだろう、この人は一体何を言ってるのだろう、

話が違う、ウソでしょ、どうしよう・・と思いました。

 

 

が、その一方で、

 

夜明けさんが100%悪いのでしょうか。

夜明けさんが一方的に悪なのでしょうか。

 

 

私はそうとは思いません。

 

 

と書くと「好きだから」と思われるかもしれませんし、中には「依存しているから」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 

もちろん、無意識下ではそうなのかもしれませんが、そうではないと自覚しています。

 

惚れたものの弱みでもなく、依存しているわけでも洗脳されているわけでもなく、

 

私にも責任があると思っています。

 

 

ちょうど私の考えていることと同じ事をコメントで送ってきてくださった方がいらっしゃったので共有します。

 

 

 

 

「皆さん、小夜子さんが被害者で夜明さんが一方的加害者という認識ですが、私はそうなのかな~と思います。

 

お二人が対等な人間である以上、譲れないものはお互いにあって、それぞれ主張する権利があるわけです。

 

夜明けさんは(近親相姦に思えて)どうしてもしたくなかったし出来なかった。

小夜子さんはいくつかの分岐点で何度も離れるきっかけはあったわけです。

それを決める権利は小夜子さんにもある。

 

(中略)

 

結局どの時点でも小夜子さんが自分で離れないことを決めたのです。

だから一方的に小夜子さんが気の毒で被害者なわけではないと思います。

 

どんな人間関係もすべて平等とはいかないものです。

それが人生だと思います」

 

 

 

まさに私もこの通りだと思っています。

 

私が夜明けさんといることを選んだし、

私がこんな夜明けさんを許すことを選びました。

 



すべては私が自分の意志で選び決断してきたこと。

 

 

こんな仕打ちに遭いながらも苦しんでいるのは半分は私のせいです。

 

 

 

イヤならいやでもっと怒ればよかったのに。

怒り狂って体当たりでぶつかればよかったのに。

 

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よく「自分を大切にするという言葉を聞きますよね。

 

私、実はこの言葉の意味が分かるようでわからなかったんです。

 

 

 





自分を大切にしないって、どういうことだと思いますか?

 

 

私は、例えば分かりやすく言うと、

 

非行に走ってやんちゃをするとか、

ゆきずりの相手と遊びの関係を続けて自分の体を安売りしてしまうだとか、

薬物に手を染めるとか、

 

そういう「体を傷つける行為」だったり「非行に走ること」だと思っていたんです。

 

 

 

真面目に生きてきた私からしたら全く遠い世界の

関係のない話だと思っていました。

 

非行に走った経験もないし、危険な目に遭ったこともない、薬物やドラッグとも無縁の世界。

 

だから私は自分を傷つけたりなんてしてないって思っていました。

 

 

 

 

 

でも・・・私は、この結婚生活で自分を全然大切に出来ていませんでした。

 

そのことに気付いたのはずっと後のことです。

 

 

今、こうして夜明けさんとの子作り編を書いていて痛感します。

 

 

どれだけ私が自分を大切にしてこなかったかを。

 

 

 

心の中で必死に叫んでいるのにも関わらず、

私はそれを夜明けさんに一切打ち明けなかった。

 

 

 

脳内でもう一人の自分を作り上げて

ずっと私ともう一人の私とで会話のキャッチボールを繰り広げるだけで

目の前の夜明けさんに本当に思っていることを口にしなかった。

 

 

何故なら、夜明けさんの気持ちを考えすぎたから。

 

 

「相手の嫌がることをしたくない」

 

 

相手の気持ちなかり考えすぎて、

自分の気持ちを考えられていませんでした。

 

 

 

夜明けさんが嫌がるセックスを無理やりお願いしたくなかったし、

夜明けさんのことを思うと責めてはいけないと思っていました。

 

だって、自分がされてイヤなことは相手にもしちゃダメだって習ったから。

 

 

私は自分が得意なこと、どうしてもやりたくないことを相手に「やれ!!」と言われるのが嫌いです。

責められるのも嫌い。

 

やりたくないことをやらされるのもイヤ。

 

その気持ちが分かるからこそ、夜明けさんに強く迫れませんでした。

 

 

相手の気持ちをおもんばかって接する。

相手の嫌がることはしない。

 

それが思いやりであり、優しさだと思っていました。

 

誰かと暮らすってそういう配慮が必要だと思っていました。

 

 

 

 

だからあのベットの中でも、私は泣くばかりで自分の気持ちをほとんど投げかけませんでした。


言わないほうがいいと思いました。

責めることになるし、夜明けさんが困るの分かってたから。

 

 

 

心の中ではぐちゃぐちゃに叫んでいるのに、それを丸ごと全部飲みこんで口に出しませんでした。

 

 

自分を大切にしないって非行に走ることでも男遊びをすることでもなくて、


自分の気持ちをごまかし続けることだったんですよね。

 

 

 

 

私、怒ることって良くないことだと思っていたんです。

 


喜怒哀楽の感情の中で圧倒的に「怒」が苦手です。

 

 

悲しみも苦手なところはありますが(絶対に泣きたくない)


それよりも「怒」が苦手です。

 

 

 

怒るぐらいなら許してしまおう。

すぐに許して水に流す。

 

 

これこそ平和的解決だと思っていましたし、それが愛だと思っていました。

 

 

 

でも、もっとしっかりと怒ればよかった。

 



どうしてそんなこと言うのよ!!

私が今どういう気持ちでいるか分からないの!?


と心の中にため込んだ思いを全部ぶつけて怒り狂えばよかった。

 

 

 

 

怒らない人が優しいわけじゃない。

すぐに許す人が愛情深いわけじゃない。

 

 


私は私を大切にしないで誰がするんだろう。

 

 

 

本当は辛いのに辛くなり振りをしたり、

本当は悲しいのに笑ってごまかしたり、

本当は怒っているのにすぐ許したり。

 



自分の本当の気持ちを全く大切にしなかった。

 

これは私の大きな過ちです。

 

 

 

 

夜明けさんはどこまでも自分を愛して自分を大切にする人なのに、

私はどこまでも自分を傷つけ、自分をおざなりにする人でした。

 

 

 

「しっかりと怒る」

 

 



これって・・実はとても大切なことなんですよね。

 

 

 

それが出来なかった時点で、夜明けさんがこのような状態になっているのにも私に責任が半分あると思います。