軽井沢に滞在していると、アラレへの思いがひときわ強く胸に迫ってきます。
矢ケ崎公園、御代田の雪窓公園、自宅から西の原公園へ続く散歩道…
どこを歩いても、あの日のアラレの姿が脳裏に浮かびます。
小さな足跡や振り返る後ろ姿が、今も鮮やかに私の中に残っています。
アラレは、いつでも私のかけがえのない自慢の娘です。
飼い主がペットを見送るのは責任であり、命には必ず終わりがあることも理解しています。
老衰や病気であれば、看病や介護の時間を経て心の準備をするはずですが、アラレにはその過程がありませんでした。
それは、あの病院に連れて行ったのが私自身だったから。
だからこそ、「どうしてあの時に…」という思いと、アラレに申し訳ない気持ちが今も心に居座り続けています。
時間という薬も、私には効きませんでした。
アラレは迷惑をかけたくなかったのかな。そう思うと、胸が締めつけられます。
けれど、今もどこかでアラレは私を見守ってくれていると信じています。
喪失感を抱えながらも、アラレと歩んだ日々を宝物にして、これからも生きていきたい。

