(ツレの代筆)
ライデン大学は現在のオランダ国内にある大学としては最も古い大学です。法学者のグロティウス、画家のレンブラント、医学者のシーボルトなど、日本人にも馴染みのある著名人を輩出しています。その成立はふるく、1575年にまでさかのぼります。
スペインのハプスブルク家による支配から脱却するためにおこなわれたオランダ(ネーデルランド)独立戦争(1568~1648)の最終段階で、ライデン市民はスペイン軍の長期にわたる包囲と攻撃、そして飢餓に耐えてオランダの独立に貢献しました。その功績を称えた、オランダ初代の国王であり、現在のオランダ王家、オラニエ=ナッサウ家の祖先でもあるオラン二エ公ウィリアム(ウィレム)から設立を許可されて建てられたのがライデン大学だったそうです。
ちなみに、そのとき、二者択一で示されたもう一つの「ご褒美」は重税の免除だったとか。ライデン市民は減税よりも「百年の計」である教育を選んだことになります。目先の経済的利益ばかり追求して、その結果、取り返しのつかない結果を招いてしまった、しかもまだその愚行を自覚しない指導者を戴いている日本人としては肩身が狭い思いがします。
なお、そのような設立の経緯にちなんで、先々代の国王ユリアナ女王、先代のベアトリクス女王、さらに現在のアレクサンダー王など、歴代のオランダの女王や王の多くがライデン大学で学んだり学位を得たりしているので、ライデン大学は、さしあたり「オランダの学習院」といった側面も持っています。
しかし日本人からみると、ライデン大学はなんといってもシーボルトの名前を連想させるとともに、ヨーロッパにおける日本研究の拠点大学でしょう。ドイツ人でありながらオランダの東インド領の陸軍病院の軍医となり、さらには幕末の日本にやってきて、日本の植物をはじめとして多くの文物資料を収集してオランダに持ち帰るとともに、その後の日本学の基礎を築いたのがシーボルトであり、その拠点となったのがライデン大学です。
でも、ライデン大学の日本研究の本当のすばらしさは単にその先達性や資料の豊富さだけにあるのではありません。
その真価、そしてそこから日本、とくに最近の「ガラパゴス政治家」たちが大いに学ばなければならないことは、日本のことを本当に知るためには単に日本だけを研究するのではダメで、中国と朝鮮を併せて研究しなければならない、とするその学問的見識の高さでしょう。
実際、いまでも日本については「East Asian Studies」の一部門として研究、教育がおこなわれています。
日本の一般的な大学と異なり、ライデン大学と街の敷地に境目がないのです。キャンパスではなく、街角にそれぞれの学部が点在しています。
メイン校舎と図書館は3階建てで統一してライデンのシンボルの一つと言えます。
運河の向こう側から写真を撮ったら、風景が運河の水面にこんなに美しく映っていました。
大学の天文台が1633年に建設されましたが、いまだに現役のままで、ライデン市の歴史建造物の一つにもなっています。
歩いていたら芭蕉の句が壁にかかれていました。
(ちなみに、ライデンでは有名な詩人や作家、思想家の文章を壁に書くことがよくあるそうなので、芭蕉の句が書かれていること自体は、特におどろくことではないのですが。)
シーボルトが住んでいた、ライデン大学本部近くの豪邸は、現在「シーボルト博物館」として一般に公開されていて、2000年には現在の天皇ご夫妻もここを訪れています。
ライデン大学を背景にしたアラレの一枚です。








