江国香織のエッセイに「幸福な無駄」ということばがあります。とても素敵なフレーズですね~。
無駄というと思い浮かぶのが、無駄遣い、無駄口、無駄な時間など、全く意味がなくて不必要で、何やら罪悪感すら感じてしまうものかもしれません。
とにかく無駄は「効率の良さ」とか「要領の良さ」とは逆ですからね。
しかしながら、この言葉に幸福なという形容詞を与えると、何と事態は急変しますね。今まで無意味だと思われていたものに、高い「価値」が与えられるからでしょう。
雑草がいきなり世界一美しい花になるみたいなものですね。(雑草を無駄扱いして恐縮)
この「無駄な幸福」に憧れ、心身ともに余裕を持つように努力しています。たとえば、人と待ち合わせをした時、5分だけ早く行くと面白いことに気づきました。アスファルト道路の表面に浮き出た小石や気泡の数々、濃いグレーの印象だったはずの道路には、白い小石がたくさんあって・・・と
地面を見つめているうちに5分間があっという間に過ぎてしまいます。待ち合わせのために、明らかに「無駄な5分間」が自分にだけ訪れています。
そしてその場所で、ふとしゃがんでみると、周りの風景が飛び込んできます。いつもと違った目線だよな~。
今までの私は、無駄な時間を費やしていると、周りや普段の自分から取り残されたような気持ちになるから不思議です。
表現が難しいけれど、何やら豊かな時間に包まれていたようで、ホッと一息です。
「幸福な無駄」はこころにゆとりを与えてくれます。
ツレの一言
日本文化の根幹は、床の間に代表されるような「無駄」にあるのかもしれない。