「星守る犬」観後感 | グルコサミン博士のブログ

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犬の映画には十二分にガッカリさせられてきましたが、これで最後、という
つもりで「星守る犬」を観てきました。ところが、予想外のことに、実によくで
きた映画だったのです。

無名男(お父さん)と犬(ハッピー)の旅路を通して、人生の夢と挫折、不況、
リストラ、老いと孤独、無縁死など、現代の孕む問題に鋭く斬り込みながら
も、誰かとふれあい、温もりと勇気を得て生きていく、そして、人と動物の間
に育まれた家旅愛。

さらにおとうさんの旅で最も関心が向くところ、なぜこの旅に出ることにな
ったのかという理由が、終盤になって一気に明かされるというシナリオも、
よく練られていると思います。

妻の、おとうさんから気持ちが離れていく様子が、その口調と表情の変化
によって、しっかりと伝わってきます。何を相談しても、「お前の思ったよう
にやればいいじゃないか」と言われていた妻。ところが最後には、おとうさ
んの口からその言葉すら出せない相談を持ちかけられてしまいました。

登場人物と犬とが丁寧に、しかも生きて在るものの「存在の哀しみ」への
温かい視線を以て描かれていましたし、犬の「演技」も立派でした。

「星守る犬」は、「犬がもの欲しそうに星を見続けている姿から、手に入らな
いものを求める人のことを指す」という意味の言葉だそうです。我が家では
「鳥守る犬」でござる。



以下、ツレのひとりことです。

政治と独占資本とはもはや絶望するほかはありませんが、文学では村上春
樹さんのような誠実な作家がおり、映画では、地味ながらこのような作品が
制作されていることを考えると、現在のどうにもならない政界と財界を文字
通り「根底から」覆し民衆が日本を「恢復」することへのかすかな希望がもて
るような気がします。

希望は、現実の惨憺たる「瓦礫」を見据えることのなかからしか生まれてこ
ない。ベンヤミンの歴史観を思い起こしながら、私はそのような語りかけを
この映画から聞き取りました。