昨日と今日二日とも、計画停電のために、通勤に使っている私鉄が終日運休になったために自宅待機 。今週締め切りの論文が修正できるとはいうものの、ほかの日常業務もあるので焦っています。来客予定先に日程変更のお願い電話をしたら、どうやら担当者も出勤していない様子でした。
福島第1原発のすべての原子炉を制御できません。津波という自然災害はもちろん「制御」できるものではありませんが、原子力という、人間が事実上「作り出した」エネルギーを「制御」することの難しさ。
この4日間で日本人は、さらには人類はいろいろなことを思い知らされたのではないでしょうか。あるいは「思い知るべき」なのではないでしょうか)。自然そのものや自然の摂理への畏敬の念を忘れたことへの「何らかの存在からの譴責」ではないか、と思うのが私だけかしら。
責任問題はこの問題が落ち着いた後に当然出てくるでしょうが、責任よりも原因を、そして、より根源的には人類という存在に関わる科学技術自体が内包する問題、もしくは課題を徹底的に追求しなければ、今後も同じような、あるいはさらに深刻な事故が起きるのではないか、と思うのです。これはもはや国を超えた世界レベルの問題でしょう。
日本はいま、真に歴史的な危機に直面しているのでしょう。「技術大国」の看板が崩れ、「経済大国」のメッキが剥がれていき、それらはいま、風前の灯の状態にあるように見えます。株価が2日で2000円ほど下がったのは強い地震のためでも、原子力発電所の大事故のためでもなく、日本という国家自体の「炉心溶融」によるものではないか、そんな暗澹たる思いが心を離れません。
このまま、日本は溶解していってしまうのでしょうか?私は「否」といいたい。福島第1原発でも、命をかけて「炉心溶融」を食い止めようと、昼夜働き続けている作業員がいます。危険を顧みず復興のため尽力している、自衛隊員、警察官、消防署員もいます。
また、海外のメディアが賞賛している、日本の規律正しさは誇れるものであろう。略奪もなく、みんなで我慢しあっている姿を、私の海外の友人から「怒号もケンカもない」強い国だと絶賛しています。中国からは「マナー世界一、日本には人間の連帯が今も存在している」と、賞賛の言葉が寄せられています。
一刻も早く原発事故が落ち着き、沢山の方が救出され平和な日々が過ごせるよう心から強く祈っている地震四日後の午後でした。