「60歳のラブレター」感想 | グルコサミン博士のブログ

グルコサミン博士のブログ

グルコサミンのことならなんでもお答えします♪

「60歳のラブレター」という映画をみてきました。
60歳を中心とした夫婦二組、独身の男女一組を主人公とした、一種のオムニバス風の映画です。基本的にはしみじみした、ハッピーエンドの映画ですが、それぞれの感想を記してみます。


夫の感想
一つは、60歳まで生きてきた人間の人生は、その長さ、そのなかで彼らが体験してきた人生の、心身の「苦悩(パトス)」の「量の多さ」の故に、
若者の人生よりも重いということ。これは、率直な感想です。

もう一つは、60歳からの夫婦(法律上の婚姻関係にあるかどうかは問題ではありません)にはどんなに長くてもあと40年ほどの時間しか残されていないということ。
したがってこれからの人生や夫婦関係がどんなものであれ、あと40年後にはどちらか、もしくはふたりとも、もうこの世には存在しない可能性が高いということ。
しかし、否、だからこそ60歳を超えた夫婦は、おたがいに質的にも量的にも、すこしでも長く、すこしでも深く、すこしでも明澄な時間を与え合っていかなければならないということ。
そして人間ができる幸せへの努力と、その結果この世で得られる幸せとはそのようなもの以上でも、以下でもないということ、です。

「露の世の 露の身ながら さりながら」


妻の感想

今どきは、独身で主人公のような“成功した女”が多いですね。
聞こえはいいけれど、言い方と見方を変えれば、“婚期を逃した負け犬”。
精一杯強がって生きてきたのだけれど、だからこそ、『この歳で誰かを本気で好きになるのって奇跡みたいな事なの』というセリフがリアルで響いたなぁ~

やはり、グッっとキタのは、魚屋夫婦の話ですね~!やっぱ庶民派です。
昔の面影なんてまったくなく、オッサンとオバハンになった2人。体の触れ合いなんてあるわけもなく、交わすのは憎まれ口ばっかり。ウォーキングのシーンでの憎まれ口の投げ合いには、思わず笑ってしまいました。
でも、その言葉の裏には、相手の身体を気遣い、思いやり・・・
そして、あんなに元気だった妻が倒れる・・・
旦那が、病床の枕元でビートルズの「ミッシェル」を歌うシーンはよかったです。


自分を含めてほとんどの人は、今の仕事を永久に勤しむわけではなく、
また、今のままの自分であり続けるわけではないでしょう。
人生を一方通行で走っていたものが、いつか曲がらなければいけない分岐点がやってくる。その分岐点が、60歳前後でしょう。
仕事を辞める時であり、病気にかかる時であり、新たな出会いの時として描かれています。

この映画は、いつか年をとり、分岐点にさしかかった自分を導いてくれるような作品です。映画のどこかに重なる時が、きっと来るのでしょう。
そして、「今、見つめなおす」ことが大事であると思うようになりました。