佐々木訓子 ジェットコースター人生 第1章 | 神希栄伽の“365日ごきげんな私”

神希栄伽の“365日ごきげんな私”

女性が笑顔でいることは、日本を元気にします!女性の笑顔は、次世代を担う子供達に勇気と希望を与えます。

あなたの笑顔こそ最高の陰徳!
本来の自分を取り戻し、自分を輝かせよう⭐︎
自分で自分をごきげんにする考え方や方法を発信します♪

{264BF790-91FB-47A7-99DF-F1229B176126:01}

おはようございます!
~ミカタが変わればミカタが変わる~
劇的Lifeメッセンジャーの佐々木訓子です。

今日から5日間に渡りまして、
営業一筋30年、

山あり谷ありの人生の中で、
得たこと、失ったこと、
学んだこと、感じたことを、

my storyとして綴らせて頂きます。

名付けて

      佐々木訓子の“生きているだけ丸儲け”
            ジェットコースター人生


第1章   勘違いだらけの20代


私が、営業の世界に飛び込んだのは、
21歳の1月。

女に学問はいらないという、
父の古い考え方もあり、
私は、地元の商業高校へ進みました。


卒業後は、地元にある企業に就職しましたが、
マンネリと事務の仕事に飽きたこと、

もっと、やり甲斐ある仕事がしたいと思い、
4年8ヶ月で、会社を辞めてしまいました。


もともと商業高校だった事もあり、
税理士になりたいと思い、
高卒でも、国家試験の受験資格を得る為、
20歳の時、
日商簿記1級に合格していましたので、
そちらの方向に進もうとしていました。


ところが、前職で加入していた保険の支払いを
給料引きから、銀行引き落としに
変更して欲しいとお願いした事がきっかけで、

職域担当の担当者に勧められるまま、
なんと、21歳の若さで、
国内生保のセールスレディーを
することとなったのです。


勿論、21歳という若さです。
しかも、扱うのは生命保険。


周りは、
21歳の女の子に生命保険が売れるわけない!
その若さで、家族愛や命の尊さを、どうやって伝えるんだ!…と。


意地悪い、先輩の陰口が聞こえてきます。
「すぐ辞めるよ!続くわけない!」


が、逆にその言葉に奮起!
(超負けず嫌いな私)

結局、それから約12年間、
勤務することになったのです。


あの時、反対してくれた皆さんに、
感謝です。 笑

反対してくれた皆さんがいなかったら、
私は営業の世界に足を踏み入れては
いなかったでしょう。


人生って分からないものです。
昔の上司に、人生は選択ゲームだと、
言われた事があります。

この時、営業の道を選んでいなかったら、
私の人生は、全く違う人生だったと思います。


逆に、周囲の反対はさほど根拠がない事も、
この時学びました。
世間の常識は、人の行動を制限し、
可能性をつぶしてしまう結果となる
ことにもなるわけです。



その後、
負けず嫌いの私は体育会系であった事も幸いし、
事務職とは全く違う、実力主義の世界が
楽しくて、楽しくて仕方がありませんでした。


評価=給料
自分の頑張りが目に見える!
その分かりやすさが、
単純な私には良かったのかも知れません。


ただ、残念なことに、
あの頃の私は、
色んな意味で勘違いをしていました。


私が結果を出せたのは、
学生時代の友人や前職の皆さんの
応援があったからこそです。


本当に今思うと、
皆んなに助けてもらいました!
皆んな応援してくれました~


でも正直私は、
応援してくれる友人や知人の為に
頑張ったわけではありませんでした。


純粋に、ただただ自分の成績、
棒グラフが伸びて、給料がアップする、
それが楽しくて仕方がなかったのです。


自分の為だけに、頑張っていました。


成績も伸び、階級も上がります。
勿論給料も上がりますから、
自信がつきます。


当時、怖いもの知らずの私は、
担当する職域や地域だけでなく、
企業や個人商店にも、
飛込みを躊躇なくやっていました。


お客様も、若い女の子が
生命保険を扱うのが珍しかったらからか…


もちろん、
若さがマイナスになる事もありました。

企業のトップ層に、 
可愛がられはするのですが、
いざ商談に移ろうと思うと、 
相手にしてくれません。


それが悔しくて、
若く見られないように地味な服、鞄を持ち、

新聞や投資、金融知識…
銀行の次長、支店長クラスと話しても、
引けを取らない知識を身につけ、
ワザとこちらから、その話題に触れる


すると、顔色が変わります。
若いのに、良く勉強してるね~と、

しかも、教えてもらうという姿勢で
話して行くと、

可愛がられるだけだったのが、
キチンと商談を起こせるようになるのです。


上手く行くときは、
全てが上手く行きます。


自己流でスタートした営業でしたが、
私はここで、1つ営業のコツを学びます。

それを身に付けてから、
各段に成約のゲット率がアップ、
単価が高くなっていきました。


順調に成績を伸ばし、
大企業の部長クラス以上の収入を
手にするようになった私は、

少しずつ狂いはじめます。


あの時、そんな私を諭してくれる先輩や上司、
ビジネスの基本を教えてくれる
メンター的存在がいれば、
こんなに遠回りしなくて済んだのにと、
今、つくづく思います。


お金を持つようになり、
羽振りがよくなります。


夕方になると夜の町に出かけ、
友人を誘っては20代の女の子が、
高級ブランデーをボトル注文し、
朝方まで飲み明かす毎日。


当時、お付き合いしていた彼との
デート代や旅行代、洋服代やあれこれ
ここに書けないような物も、買い与え…
(完璧ダメ男にするパターン)


お金の使い方を知りませんでした。
バブルは過ぎていたのに、
私1人、いつまでもバブル気分だったのです。


それまでは、真面目にコツコツ仕事し、
実績を積み上げ てきた私が、
自分の力を過信し、手を抜くことを
覚えてしまいました。


この手抜きが、後に
大きく私の人生に影を落とす事に
なったのです。


29歳の秋。
体調の変化に気づきます。


生理不順だった私は、
医師の勧めで、毎朝基礎体温をつけていました。

高温期が続いている。
もしや妊娠…?


続きは明日

佐々木訓子“生きているだけ丸儲け”
ジェットコースター人生
第2章 シングルマザーで生きる決意


です!


最後迄お読み頂きまして、
ありがとうございました。


無料メルマガ希望の方はこちら

無料メルマガの配信は、
このmy story
佐々木訓子のジェットコースター人生の終了後11/20から配信開始致します。
配信時刻は、明日7時を予定しております。

個人セッションのお申し込みは、
もうしばらくお待ち下さい。