念を入れて生きる | fp.takunの”Improve your quality of life Blog”

fp.takunの”Improve your quality of life Blog”

様々な出来事に対して、fp.takun流の視点・論点で綴る徒然なるブログです。
読んで下さった方の「心に灯りを灯す」ブログを心掛けています。
将来、このブログが本になることを目標にしています。

こんにちは😃

本日は表題の通り、「念を入れて生きる」というテーマでお話をしたいと思います。

「念」という漢字を分解すると、”今”と”心”で構成されているのがわかるかと思います。


神道では、「今ここ」を表す概念として、「中今(なかいま)」があります。

過去と未来のちょうど真ん中になる「現在」という瞬間(一瞬)に集中し、全力を尽くして生きるという神道の歴史観・人生観を指します。

正に、「今ここ」の一瞬をどう生きるのかを問う考え方になります。




一方、「念」についてですが、多くの方が、「念ずれば通ず」や「一念天に通ず(いちねんてんにつうず)」のように、「念じなさい。そうすれば未来が呼び寄せられる。念ずれば自分の思いが叶う」というように使っていることが多いかと思いますが、実際には「念」の漢字からすると、この使い方はちょっと違うようです。


なぜならば、「念」という言葉には、”未来”という概念は全く含まれていないからです。

「念」とは、ただ”今”だけなのですから。

ですから、”今”の”心”という漢字なのですね。

また、「念」には、「今、目の前にいる人、目の前にあることを大切(大事)にする心」としても意味が含まれているそうです。



「念」と「中今」は、通じる概念かなと思います。

中今は、「今ここ」つまり、「今この瞬間」を大切にする感覚を意味します。

ただし、時計の針のように、この一秒を意味するものではなく、「過去と未来の間にある、私たちが実際に生きている時間」を表していると思います。

神道の世界では、過去を切り捨てたり、未来を考えないというわけではなく、「過去を受け取り、未来につないでいくために、今を丁寧に生きる」という感覚です。

深呼吸をして、自分の足がしっかりと地面についているかを確かめるようにして生きることの大切さ。


朝、部屋をきれいに整えることや、手や顔を洗い心身を整えることのなんでもない日常ではありながら、「今をきちんと迎える」姿勢こそが過去を受け取り、未来につないでいくための”今”を生きるということなのだと思います。

「何かすごい瞬間を起こす」わけではなく、ただ粛々と整える「今」という感覚ー日々の所作の中で身体にしみこんでいく時間。



時間やお金に追われる毎日の喧騒の中ではありますが、「中今」や「念」という感覚、つまり「今ここ」を意識した生き方は、素敵な生き方だなと感じます。


実りの秋、読書の秋。

しっとりとした時間の流れの中、「中今」「念」をもって過ごしていきましょう!