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この映画すごすぎるなーーーーε=(。・д・。)

本当にすごい

音楽がまた

戦争が何なのか

国って何なのか

愛って何なのか

がんがん訴えてきますね。

このリョウという国が僕にはいまの日本と重なりました。

アンディラウすごいすきだな。

中国ってすごい歴史が深くて、戦闘民族の本能が根底に流れてるなと思います。

楽器を見ていても西洋に存在する楽器の源流が中国式ですべて存在しているので

彼らの場合バイオリンひとつとっても西洋への迎合じゃないんだよな。

この戦闘本能のようなハングリーさ、絶対的なオリジナリティは長い戦争の歴史の上に出来上がったものだから

簡単に壊れるようなアイデンティティじゃないんだよな......

いま中国が一番気になって仕方が無い。

『墨攻新聞から』

『墨攻』とは

物語

荒れ狂う戦乱の世に、侵略を否定し、攻撃せずに守り抜く〝非攻″を掲げる墨家という集団がいた。
大国・超の攻撃によって落城寸前の小国・梁は、墨家に援軍を求めるが、やって来たのは、天才戦術家・かくり革離、ただ一人。

彼が立ち向かうのは猛将・こうえんちゅう巷掩中率いる10万の敵

絶対的に不利な状況の中、次々と繰り出される猛攻を、墨家の秘策で凌ぐ革離。
息詰まる攻防戦の末、遂に超軍は最後の勝負に打ってでた!
城と民を守り、革離は使命を果たすことができるのか?未だかつてない、知略に富んだ戦いの幕が開ける

伝説のコミック完全映画化原作は小学館ビッグコミックにて連載(1992-1996)され、今でも熱狂的なフアンを多く持つ、森秀樹作の「墨容(原作小説/酒見賢一、漫画脚本/久保田千太郎)。

戦乱の世を舞台に繰り広げられる壮大な人間ドラマと、大迫力の戦闘シーンの数々を見事に描ききった。

そして、この類をみないエンターテイメント・コミックが、満を持して映画化された

歴史超大作構想10年、20億円もの巨額を投じた本作。

革雛にはアジアスターのアンディ・ラウ。敵役に韓国の国民的俳優アン・ソンギ。
ヒロインには中国の新星ファン・ビンビン
各国の精鋭と共に、日本からは撮影監督の阪本善尚、音楽の川井意次らが参加。
アジアの粋を集めた超大作となった。 中国・香港全土で『墨攻』大ヒット記録


監督からの墨攻 - ジ工イコブ・チャン 

初めて原作のコミックを読んだのは10年ほど前でしたが、あの時に感じた強烈な視覚インパクトは今も忘れることができません。舞台となった梁の国や主人公・革離という人物そして梁を守るための戦いに関する史実は何一つ残されていませんが、この物語の信憑性には疑念の余地がないと私は考えています。
あまりにも多くの英雄が誕生した春秋戦国時代の中国については、まだまだ世に知られていない出来事もあるはずなのですから。
そして、私にはあの時代が現在の世界に酷似しているように思えてならないのです。
 よくある時代劇とは違って、この作品には一人として英雄が登場しません
主人公の革離でさえ、いうなれば戦乱の犠牲者なのです。
勝利というものが、常に成功を意味するとは限りません。
この物語は、そうした教訓を現代に生きる我々に与えてくれます。
平和の実現という目的が戦いの口実となり、無力な人々を守るための戦いが彼らの故国を荒廃させている現実。
課せられた使命をまっとうすることが、調和に満ちた世界を崩壊に至らしめることにもなるのです。
このジレンマは、古代から現代に至るまで解決されていません。
そして、今なお数々の悲劇が世界中で生み出されているのです。

原作者からの墨攻           - 森秀樹 

なにぶん遠い古代中国のことなので墨家について調べてもすぐに限界がきた。
墨子についても諸説あり、存在すらあやしい。あの始皇帝ですら兵馬桶が発掘されるまでは伝説上の人物だったのだ。
長期連載するにあたってどうしてもリアリティがほしかった。
存在が事実ならば、あとは漫画ならではのフィクションでふくらませてもリアリティは出ると思ったからである。
江戸は東京と名を変えた。
明治維新は“江戸時代 の巨大な破壊活動となったがそれでも江戸川のような地名などに江戸は残され、完全に消せるものではない。
存在したのならば必ずどこかに残るはずなのだ。
墨守という言葉をご存知だろうか?
音環は守り通すこと。
今では使うことも見かけることもなくなったが国語辞典にはまだ残っている。
この言葉が僕にとって兵馬桶であり江戸川となった。
墨子は守ったのだ。
このわずか二文字の熟語に墨家への敬意と活動の凄まじさが感じられる。

不可能を可能にせんと働いた墨者の姿が思い浮かぶ。
連載が終わって10年になるが、思えばいろいろやった。巨大な凧に人を乗せた。

長い地下道を掘った。
投石器ならぬ投入器で人を飛ばせた。
飛蛙(映画の最後に出てくる気球のようなもの)が襲った。
その全てに革離は勝った。
果たして映画では革離にどんな試練を与えるのか? 
革離の姿、形は変わっても〝墨守″への敬意はえがかれるに違いない。

東画幸治コミック「墨攻」の魅力を語る

とにかく最高。すばらしい。森先生の描く絵、そして時代設定も私好み。
この作品を面白くないと言う人とは、一緒に漫画の話はできません!
私が出会った数多の漫画の中で、いきなり名作として三本の指に入ってしまいました。
舞台は戦国時代の中国人を守り、城を守るためだけに編み出した防衛戦術に長け、実在した反戦論者の一派墨萄ほとんど無報酬で、他人に奉仕した究極のボランティアでもあった。
主人公は、墨家の男、革離…。私が心をわしつかみにされた、最初のつかみのシーンは、革離が深い川を立って泳芭渡るところ。この絵がものすごく、好きです。
ストーリーは言わずもがな、作品に出てくる数々のキャラクターも魅力的です。
穴掘りの男ナゾの虫使い、革離のライバル酷解、壁を自在に登り石を噛み砕く男、秦の始皇帝になった男。
そう、この男の使い方が実にうまい!顔狩りの話が特に好きです。
また物語のオチも大納得の素晴らしい締めでした。「墨攻」が世界中で売れて欲しいと私は思います。


草離が生きた春秋戦国時代の中国とは? 浅野裕一(東北大学大学院教授)

 こうけい 鏑京(今の西安)を都とした周(西周)は、異民族の攻撃を受け、前770年に都を東の洛陽に移す。
この年から前403年に至る360年間を春秋時代と呼ぶ。

当時の日本は、まだ石器時代の縄文時代晩期であった。

春秋時代に入ると、周王室の力は衰え始め、封建諸侯は天子(周王)の統率に従わず、勝手に他国を侵略して領土を併合するようになる。
このため西周の初めに封建された千余りの国家は次々に滅び、十分の一にまで減少しな こうした混乱につけ込み、周辺の異民族鋭利威(黄河流域)に侵入したが、もはや周王には阻止する力がなかった。
そこで有力な諸侯が天子に代わって天下に号令し、諸侯を招集して同盟を結び、中原の秩序を避川-媛‥つ同盟の注輝者が覇者で、斉の桓公や晋の文公など、春秋の五覇と呼ばれる五人の覇者が次々と現れた。 

春秋時代は史上初めての分裂時代だったため、各国は競って統治体制の改革や地方の開発、生産力の向上に努めた。

その結果、公(君主)↓卿↓大夫↓士↓民絶妙身分制の下、卿や大夫などの門閥貴族が要職を独占する体制が崩れ始め、実権が次々に下位の者に移る下克上の風潮が広がる。

新興勢力は行政官僚としての有能な人材を門閥を超えて広く募集したので、それに応ずる形で、春秋末には孔子や墨子の学団が作られ、各国に人材を供給するようになった。 

晋の卿だった韓・魂・超三氏が晋を三分割して自立し、周王から正式の諸侯として公認された前403年から、秦帝国が成立する前221年までの180年間を、戦国時代と呼ぶ。

当時の日本は、弥生時代の前期であった。

春秋時代に百余りだった国家は、侵略と併合の激化艇捨てさらに減少し、斉・燕・韓・そ魂・趨・秦・楚の七雄と、宋・衛・郷・魯・中山などの弱小国を残すのみとなる。 
戦国の中頃に入ると、中原の有力諸侯は一斉に王号を称し始める。
もともと王号は、周の天子だけが名乗れる称号であっただが楚・呉・越など、周王朝と無縁だった長江流域の諸国は、すでに春秋時代から王号を名乗っていた。
今まで遠慮していた中原の諸侯も、ついに王号の傑称に踏み切ったのである。 
王号を僧称した諸侯は、富国強兵や天下平定の策を求頃それに応える思想家たち(諸子百家)が多数活動した。
特に斉の聖や恕男は彼らを厚過したので、斉の都を中心に諸子百家の黄金時代が出現しな 七雄の覇権争いは、しだいに秦が一人勝ちする一強六弱の情勢を迎え、前221年に秦王制(始皇帝)が六国を滅ぼして中国を再統一し、戦国時代は幕を閉じる。


中国に実在した盛家」のミステリーに迫る!浅野裕一(東北大学大学院教授) 


墨家は紀元前5世紀の中頃、翠によって創設された思想集団で、 
学団の本拠は魯の国にあった。
墨子は、自己と他者を等しく愛せとする兼愛や、他国を攻撃してはならないとする非攻を唱え、大国が小国を侵略して領土を併合する行為を厳しく非難し、諸国家が平和に共存する周初の封建体制を再建しようとした。
この理想を実現するため、墨家は城を守る防御兵器を自ら開発し、それを駆使して小国を防衛する戦闘部隊を編制した。
・ 墨家集団の統率者はきょし鉦子と尊称され、団員は墨者と呼ばれた。
彼らは質素な生活と献身的な労働で天下に知られ、死んでも退去せずに城を守り抜く勇敢さは「墨軍と称賛されな 戦国時代を通じて、墨家は儒家と思想界を二分する巨大な勢力を築き、孔子と墨子の弟子は天下に充満すると評され宅だが墨家は、前221年に秦が六国を滅ぼして中国を再統一するとともに、歴史から忽然と姿を消してしまう。
秦は複数の国家の存在を認めず、封建制を否定して、皇帝一人が帝国全体を直轄支配する郡県制を施行した。
その方針に抵抗した墨家は、恐らく厳しい弾圧を受けて壊滅したのであろう。
秦が滅んで前202年に漢帝国が誕生したとき、この世には一人の墨者も生き残ってはいなかった。