もう頑張らなくても良いんだ

 

 

 

 

胃カメラの検査を受け

ショックでソワソワした1日目とは打って変わり

 

次の日、頭に浮かんだのが

タイトルの言葉

「死ぬなら、もうやらなくて良いんだ」

でした

 

 

検査翌日ブログはこちら

 

 

生きたくても生きられない人もいるのに

不謹慎な・・・

そう思いながらも

正直な気持ちでした

 

 

 

・稼がなければ

・○○の課題をやらないと

・△△までに○○しなきゃ

 

これらから解放される

と思うとホッとしました

 

 

私は、自分らしく楽しく生きている!

そう公言していましたし、

自分でも信じていたのに

 

実際は、とっくに捨てたはずの

義務感でいっぱい?

 

自分にウソをついて

誤魔化して生きていたの?

 

 

 

死んだらラクだろうな・・・

なんて思うのは

潜在的に終わりにしたい

気持ちがあるからに他なりません

 

 


 

ここまででお気づきですか?

 

そう、不調なのは

体よりむしろ心でした

 

ところが自分では分からないもので

気が付いたのは、

もう少し後になってからです

 

実際、体調も悪かったですし・・・

 

 

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余談ですが

なんで心が病むまで気が付かなかったのか?

 

内観・自己分析

様々なワークや学びを経て

50歳からは生まれ変わったと思っていました

 

実際にそれまでの自分と比べると

自由度も楽しさも

圧倒的に上がっていたのに

 

イメージで言うと

30~40代のころ

-100だったものが、

50代は

0か+10くらいに上がった感じ?

 

絶対的には上がったけど

相対的には低い

 

 

再度、思い返すと

子供時代から続く

辛い気持ち、寂しさ

悩みや絶望・諦めなど

 

まだまだ消化されずに

何層にも重なっていると

認めざるを得ません

 

 

核心の部分はそのままに

表面の見える部分だけ

綺麗に取り繕ってきていた

 

その際限ない努力に疲れていた!

そんな気がします

 

詳しく書くと長くなるので

これについては

また機会を改めますね

 

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脱線しましたが…

 

この時点では

残りの人生は短いと思っているので

とにかく毎日

やりたいことをやろうと決めます

 

 

本当に好きなこと

行きたいところ

暮らし方など

ノートに書き出しました

 

 

その時書いた内容は、

元気な時には

バカにしていたようなものもあったりして

ちょっと驚きます

 

 

価値観さえも

こうありたい自分に

寄せていたのでしょうか

 

 

本音に気づきたくない

見ないままでいたい

潜在的に思っていたのかもしれません


 

その翌朝

 

「今日は何をしよう」

とウキウキ目覚めました

いつ以来でしょう?

 

それほど長い間

本当にやりたいことを

見失っていたんです

 

 

検査から1週間

予想外に充実した毎日を送りました

 

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さて、こんな状況で

もう一つ思ったことは・・・

 

子供たちが二人とも

独立していて良かった!

 

ただ、

来年夫が退職したら

一緒に南米に行く予定だったのに

申し訳ないな~! 

ということでした


 

この申し訳なさが

数日後、

怒りと笑いへと変わることに!