私の中にある、私の咄嗟の反応
「怒られる」について。
つづきです。
事故翌日から
新しいお仕事が始まりました。
実は新しいお仕事始めた時
事故直後咄嗟に出た
似た感覚を感じたのです。
と言うのは
研修してくれたある男性。
金髪黒メガネの小太りのPOPな男性。
研修2時間の印象では
穏やかでとても丁寧な印象でした。
が、実際業務に入ると
おや?二面性お持ちの方かしら?と
感じずにはいられないくらい
「突き放される」感覚
「鬱陶しがられる」感覚を感じました。
私は咄嗟に
「怒られる」に似た感覚
「嫌われた」の感覚
が猛烈に沸き上がりました。
業務中にも関わらず
この感覚が気になってしまい
あれ?
この咄嗟の反応って
昨日の事故直後の感覚に
めちゃめちゃ似てるなぁ。
業務をはじめても
身体中の細胞がさっきの態度に
猛烈に反応して呑み込まれていく
それを味わいました。
あー、これこれ。
この感覚よ、この呑み込まれる感覚。
これに私はめちゃめちゃ弱い。
で、ふと思ったの。
私は「怒られる存在」前提で
生きてた可能性おっきいと気付き
こちらもあわせて
「私は嫌われる存在だ」前提で
生きている可能性おっきいなと。
言葉にして改めて
目でみるとゾクゾクゾク。
なんか、嫌だなて思った。
そんな風に
自分のこと見てるって
めちゃめちゃ嫌だよね。
「私は嫌われる存在だ」で生きるって
これめちゃめちゃ本人辛いよね。
だって、大袈裟な話
そう自分が思ってる以上
世界はどんなに足掻いても
「敵」にしか見えないんじゃないかな。
すべてが「敵」なら、
こちらはいつも警戒心に戦闘モード
「怒る」「拗ねる」を武器に生きていく。
そして
どうせ私のこと嫌いなんでしょと
「嫌われる」が拗れ、孤立化する。
そしてその場所に居づらくなる、
結果フェイドアウト。
前提嫌われるで生きてるから
群れられない、群れると嫌われるって
思い込んでいる。
だから
グループ苦手、集団苦手ですと言いつつ
結局、前提が「嫌われる」である以上
ずっと拗れたまま。
でも、それはその時出来る精一杯の
自分のこと守る術っていうか。
これね全部昔の私なの。
書いていて本当に恥ずかしいけど
これ、全部わたしです(笑)😂
と回想しながら
今回ちょっとお仕事を通して
私の前提がまた「幻」だった案件が
あったので書きます。
「怒られる」とか「嫌われた」
って何をみて
そう感じるのかてとこなんだけど
私の場合はおそらく
相手の顔色、口調、空気が多いんだと思う。
二面性疑惑あるPOPな男性は
だいたい私の隣とか、近くに居て
分からないことに対応してくれます。
隣に居たらやっぱり
身体が緊張してね、
萎縮して、ドキドキするの。
貧乏ゆすり、
あれがまた追い討ちかけて
気持ちを焦らすっていうか。
ある日
男性は朝からやっぱり
余裕なさげな様子を醸し出していて、
あぁ、聞きずらいな、
でも、聞かなきゃ進まないしなと
そんな気持ちの日がありました。
と同時に
私の質問鬱陶しんだろうな、
私のこと嫌いなんだろうな。
そんな勝手な決めつけを私はしてました。
が、男性がふとこんなことを
言い始めました。
「低気圧の影響か、頭痛が、、、
僕、かなりの偏頭痛持ちなんですよ。
今日はかなりコンディション悪い」と。
私、この会話ひとつで
ふと、思ったんです。
私のこと嫌いって
誰に言われたんだろ?
この人の気持ちって
私に分かる領域かしら。
ほら、偏頭痛だなんて
今知ったじゃん。
偏頭痛の辛さそれは私も
分かるから質問されても
そりゃ、しんどいわ。
しかもこの人どうみても
半端ない業務量抱えてるよね。
その時
私のこと嫌いなんでしょとか
私の質問鬱陶しいんでしょ。
とは全然
思えなくなってる私がいて。
むしろその
嫌われている私感と
悲劇のヒロイン度数が
高すぎるその暗い想像力に
自分で自分に
ひいてしまったというか。
そして今38歳にして
今さらなんだけどある結論に至りました。
「嫌われたらどうしよう問題」について。
嫌われているかどうかなんて
絶対分からないてこと。
なぜなら
全く私たち違う人間だから。
私が白と感じても
相手は黒かもしれない。
白にも黒にもなりうる。
そして
嫌われても怒られても
わたしは、わたし。
それに変わりはないてこと。
死にはせん。
相手の
嫌いたい気持ち
怒りたい気持ち
それを私がどうこう
コントロールなんて絶対
出来ないてこと。
どんな空気感じても
呑み込まれることなかれ。
わたしは、わたし。
私がこう感じきれた理由が
もうひとつあってね。
このことについては
また詳しく綴っていきたいんだけど
ゆいちゃんとのやりとりから
今次なるターンを楽しませてもらってて
とやりとりを重ねてきました。
私とRachelちゃんは
ご存知の通り大学時代からの友達で
20年くらいのご縁でね。
いやぁ
このやりとりでね
私本当に驚いたことあって‼️
詳細はまた書くのでお楽しみに。
ざっくり言うと
同じ絵本ひとつとっても
見えてる景色
感じてる景色が
面白いくらい違ったこと。
これが
このどっかんフェスの最高に
面白い遊びの真骨頂なんだけど
わたし
本当ワロタの。
ちょ、、、
まってー🤣
って。
そのくらい感じてた違いが衝撃的で
この衝撃はいい意味でハンマー🔨で
殴られたそんな感覚だったんよ。
お仕事始まる前に
このやりとりを重ねれたのもあり
見てる景色、感じてる景色は
人間の数だけ存在するということを
身体と心で体感したからこそ
今、こんな風に感じられる「わたし」が
居るのかなって思うんだ。
昔々のわたしなら
ツンとされたら、ツンとした態度で返し
どうせ、あたしのこと嫌いなんだろーがと
食いついていく攻撃的なやり方だった。
そして、私は嫌われる存在だを
自分で増幅させていってたの。
でも、それやめたの。
うん、今のお仕事がまさに日々
この練習が出来る場所っていうか(笑)
ツンとされても
鬱陶しがられたとしても
イコール嫌われたと決めつけることは
絶対にしないこと。
「あなたのことが嫌いです」と
告げられたら別だけどね(笑)
うまく言葉に出来ないんだけど
他人の空気に呑み込まれない練習。
私はどんな場所に居ても
自分の価値を自分で下げない練習。
他人と私に「境界線」をひく練習。
そんなことをお仕事しながら
練習させてもらって遊んでます。
えっ?だいぶズレテますかねわたし🤣
働かなかったら
一人でのんびり過ごせるそれも好き。
また
色々な人の中に自分を存在させることで
沸き上がる感情を掴んで発見できる
それも好き。
まだまだ不器用で
何かにビクビクしちゃったりする
シーンもあるんだけど
どこにいても、わたしは、わたし。
それが出来たならば
わたしは、なかなか最高だぜ。
と長々と書きましたが
だいぶ拗れすぎてるわたくしでございます。
セルフイメージの低さよ🤣
