ガチャっていうと、最近のゲームが思い浮かびますが・・・
親ガチャという言葉が流行ってるようです。
要は、毒親だったり、貧困層に生まれてしまったケース。
まあ、それ言ったら、全てガチャなんですけどね。地域ガチャ、学校ガチャ、会社ガチャ・・・
なぜ、そのことが言いたいのかというとAmebaトピックスに入ってた、お子さんを亡くした親御さんの記事。
最初は、読んでて胸が痛くて、病気や事故で子供を亡くすのってしんどいだろうなと思ったんですけど。
ふと、旭川の事件を思い出し・・・
あんな事件で子供を亡くすなら、病死の方がマシなのだろうか?と、不幸マウントというか比較じゃないですが、そんな不謹慎なことが頭を過ったわけで。
そもそも私も、中学時代に自殺一歩手前で止まった経験あり。リスカ経験もあります。
親に惜しまれ、学校の先生や友人に惜しまれて他界するって、実は恵まれてるのでは?と思ってしまったり。
私は親には恵まれてたけど、地域や学校はダメでした。そこで勉強にシフトして高校から進学校へ逃げ、大学は地域から逃げました。まあ、ツイステならアズールみたいな感じ。努力し陸上進出・・・じゃないですけど。
それと親ガチャという言葉に戻りますけど、親の方も子供は親の所有物と思ってる人、まだまだ多いのでは?と思います。
ここで、キリスト教系幼稚園に子供を入れた経験から・・・キリスト教では子供は親のものではありません。
子供は神様の子です。そして自分自身の命も肉体も神様から頂いたものという考え方。
そのため、そういう宗教が主流の国では、子供の脳死ドナーも多いそうです。神様からいただいた体は困ってる人に分け与える。命は神様のもとに返す。イエス様も最後の晩餐で、ワインとパンを自分の血と肉だと思いなさいと言ってたかと。
一方で日本は仏教というか儒教の影響が大きいかな。子供は親のもので、親に感謝し孝行せよ!みたいな。
だから、脳死の子の体に傷をつけ臓器を取り出すなんて!自分の体に傷を付けるのと同じ!という感覚の親御さんも多く、とてもじゃないけど子供をドナーには出来ない!って人も多いかと。
脳死は人の死ではない!って考えは、また別に置いておいて。
もし、自分自身が、もしくは我が子が脳死になったら・・・
その辺は過去のブログに載せてます。
