山手地味散歩・発祥巡り&山手地区で一番好きな桜咲く公園 | ゆず×ぽんのてくてく・とことこ♡

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前回の続きです照れ

 

 

 

 

イタリアンランチを食べて、体がずっしり重くなったので笑い泣き

軽くするため!?(笑)

お散歩モード突入です爆  笑

 

 

山手公園の石段と木々

まずはこの階段を上がっていきますおねがい

 

 

山手公園の児童遊具と自然

登った先には、児童公園

人も余りいないので、このコースは一人リフレッシュするには、もってこいの場所照れ

 

 

 

ここで終わりじゃないのが、山手という土地ニヤリ

 

山手公園への石段と桜並木

山手公園への石畳の階段と桜並木

永遠ウソ(笑)登ります爆  笑

 

 

着いた!!拍手拍手拍手

山手公園のテニスコートと石碑

国指定名勝山手公園です

 

大大大好きな公園♪

 

 

 

明治3(1870)年、当時この一帯に住んでいた外国人居留地の人たちの要望でつくられた、

日本で最初の洋式公園とされています。

山手公園の桜と記念碑

 

 

日本テニス発祥の地」としても有名で

1876年、山手公園でローンテニス(硬式テニス)が日本で初めてプレーされたとされています。

日本テニス発祥の地の記念碑

 

芝生広場もあって、家族連れの方々がお花見をされていましたねウインク

山手公園の桜と子供たちの様子

根岸森林公園や元町公園も良いんだけど

人が多いので(^◇^;)

こっちの方が、のんびり過ごせます照れ

 

 

 

3月最終日の日曜日は、まだまだ満開には程遠かった笑い泣き

山手公園の洋館と桜

横浜市認定の歴史的建造物には指定されていませんが、

旧山手68番館は、昭和8(1933)年に建てられた外国人向けの貸家だったのを

昭和61(1986)年、山手公園に移築

現在は管理センターとして利用されています♪

 

 

 

かなり大木の桜の木があって

満開だと、桜のアーチになるのラブ

山手公園の桜と洋館

 

 

山手公園の桜並木とお花見客

こんなに立派な桜があるんだけど

観光客からしたら、若干歩くのでね敬遠されがちなのか笑い泣き

 

そのお陰で、のんびり桜を楽しむことができるんですおねがい

 

 

 

 

せかっく登った山だけど、行きたい場所があるので下りますグラサン

山手公園への石段と街並み

 

 

 

この後、令和6年に登録された

横浜市歴史的建造物を見に行ったら、逆光で写真撮れず断念笑い泣き

旧山手68番館の緑色の外観

後日、リベンジ案件です(笑)

 

 

 

 

さて、お次は偶然通りかかったので

せっかくなので、立ち寄ってみる事に照れ

君が代発祥の地石碑と桜

国歌・君が代由緒地!?ってなんだ爆  笑

あまり見ない石碑(笑)

 

日蓮宗 妙香寺への石段と山門

また階段(笑)

 

何故か、階段がある方に惹かれる爆  笑

 

 

 

妙香寺の山門と桜

日蓮宗 本牧山 妙香寺です

 

 

コチラのお寺は大変古く、

創建は、814年(弘仁5年)

弘法大師(空海)によって、当初は、真言宗本牧山東海寺とて開山

1264年(文永元年)に、日蓮宗へ改宗

連昌山妙香寺 に変更

横浜開港後に、現在の本牧山妙香寺となりました。

 

 

コチラのお寺は、日本吹奏楽発祥の地と言われています

日本吹奏楽発祥の地記念碑

明治4年(1871)に、海軍軍楽隊が創設。

練習場所として選ばれたのが 妙香寺の境内だったことから

発祥の地と言われています。

 

 

軍楽隊は山手公園の野外音楽堂で演奏会を開催。

これが 日本最初の一般向け吹奏楽演奏 とされています。

 

君が代発祥の地、妙香寺の石碑

そして先ほど門前にあった「国歌・君が代由緒地」とは

国歌・君が代発祥の地となっているから爆  笑

 

 

日本吹奏楽の発祥と言われる、海軍軍楽隊

その指導者は、イギリス海軍軍楽隊の ジョン・ウィリアム・フェントン氏でした。

 

 

当時、日本には“国歌”という概念がなかったことから

フェントン氏が「国を象徴する歌を作るべき」と進言し、

  最初の『君が代』メロディを作曲

 

そのフェントン版「君が代」が、 妙香寺境内で日本人によって初めて演奏されたことから

「君が代発祥の地」とされています。

 

なお、現在の君が代の旋律は後に宮内省雅楽師らが作り直したものなので

別物となっております(^◇^;)

 

 

 

 

 

寄り道をしましたが、次の目的地へ向かいますおねがい

また坂のぼるぜ(笑)キリン公園の看板と遊具のある児童公園

コチラはキリン園公園

 

 

山手公園の石碑

明治3(1870)年、ウィリアム・コープランド氏という一人のノルウェー出身のアメリカ人が

故郷から遠く離れた横浜の地で立ち上げたのがビール醸造所・「スプリングバレー・ブルワリー」。​

これをキリンビールが引き継いだことから、

日本のビール発祥の地と言われています。

 

 

関東大震災で、レンガ造りの工場は全壊

それを機に、キリンビールの工場は現在の生麦に移転したそうです。

 

 

 

この公園は、国歌君が代発祥の地記念碑周囲の子供たちの遊び場です

 

国歌君が代由緒地石碑

この赤レンガは、キリンビールの跡地から出土した赤レンガだそうです。

 

麒麟麦酒開源記念碑「日本最初の麦酒工場」

「麒麟麦酒開源記念碑」と書かれています♪

 

 

国歌君が代発祥の地石碑

コチラの石碑は「文化遺産 日本最初の麦酒工場」と書かれています。

 

 

子どもたちが遊んでいる間を縫って、足早での撮影笑い泣き

完全に「怪しいおばちゃん」って思われたわ(笑)

 

 

 

この公園の横の小学校敷居内には

ビール井戸遺構、キリンビール跡地

柵の隙間から撮影(笑)

麦酒工場の時代の、ビール井戸がまだ残っています。

1895年(明治28年)~1901年まで、ビール作りのために使用されたものだそうです。

 

 

現在小学校の校庭になっている所に、

清水のわきでる池があって

ってことは地盤緩いから、大きな地震があったら若干怖い!?

当時横浜市の水道がここまで引かれていなかったので

井戸水を使ってビールを作っていたそうです♪

 

 

 

 

 

と、こんな感じで

山超え谷超え(笑)

発祥の地と言われる場所をササッと巡ってみましたおねがい

 

 

 

 

 

 

 

 

思うに、長崎と横浜は、つくづく発祥が好きなんだなって思いました。

AIに【横浜と長崎、どっちが発祥の地が多い?】って聞いてみた爆  笑

 

結論から言うと、「発祥の地の“種類と数”は、横浜の方が圧倒的に多いです。 

ただし、“日本に初めて西洋文化が入った歴史の深さ”では長崎が圧倒的に強い

 

横浜 → 圧倒的に“日本初”の数が多い

鉄道・ガス灯・電話・新聞・ホテル・公園・食文化・洋菓子・洋食など、 生活インフラから食文化まで幅広く“日本初”が集中しています。

 

長崎 → “日本に初めて入った西洋文化”の深さが桁違い

たばこ栽培、蒸気機関車、国際電信、コーヒー伝来等、長崎は鎖国期の唯一の国際港として、 西洋文化が日本に初めて入った場所が非常に多いです。

 

 

1630年代〜40年代に鎖国体制の確立
西洋との貿易窓口としては長崎(出島)が事実上唯一の港

1853年 浦賀沖にペリー来航で開国要求

1854年 日米和親条約が横浜で締結。下田・箱館が開港。鎖国体制が崩壊

1858年 ハリスと江戸幕府が日米修好通商条約を締結。鎖国政策完全に撤廃

1859年 横浜・長崎・新潟・兵庫などが開港

 

 

「日本の西洋化の入口(長崎)」

「近代日本のスタート地点(横浜)」

 

 

という構図になるそうです照れ

 

 

まあ思うに、「発祥」って言ったもん勝ちだって私は思いますがね(笑)

 

 

長崎は原爆で、

横浜は関東大震災と空襲で、 

古き良き風景の多くが消えてしまいました。

それでも、なお残されたものがあり、 

そして今も守り続けようとする行政の姿勢には、 ただただ頭が下がります

 

横須賀市も見習ってぇ~!!!って

大きな声では言えませんがねてへぺろ

 

 

 

 

 

さて、まだまだお散歩は続きますウインク

続きはまた後ほど飛び出すハート