2015年5月25日 東京新聞朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015052502000146.html
【ウィーン=共同】「勧告した安全評価を十分実施しなかった」「国際的な慣行に従わなかった」。国際原子力機関(IAEA)がまとめた東京電力福島第一原発事故の最終報告書は、東電や規制当局の認識の甘さを痛烈に批判している。
事故当時、東電や日本政府からは「想定外」との弁明が相次いだ。
しかし、IAEAは日本が何十年にもわたり原発の安全性を過信し、発生の確率が低い災害などに十分備えてこなかったと一蹴した。
IAEAは福島の事故前から、加盟国に対し原発の安全性を評価する際、機器の故障などが大事故に至るすべての可能性を把握する確率論的安全評価(PSA)の適用を勧告。二〇〇七年の専門家による訪日調査では「日本には設計基準を超える事故について検討する法的規制がない」と指摘し、過酷事故に十分備えるよう求めていた。
しかしIAEAの勧告や助言を受けた抜本的な対策は取られず、報告書によると、第一原発ではPSAを十分適用せず、非常用ディーゼル発電機などの浸水対策が不足。十年ごとの定期安全レビューでも地震・津波予測の再評価が義務付けられておらず、過酷事故への対応や安全文化の見直しも含めて「国際的な慣行」に十分従っていなかった。
福島の事故後、中東のヨルダンが「原発の建設予定地を地震が少ない場所に変更」(同国原子力委員会幹部)するなど各国は新設・既存の原発の安全を強化している。

上の記事は、「現代の原子力村は、旧日本軍とまったく同じ」という下記記事の指摘から載せたわけですが、中心が空洞と言うのは、ユダ金などの組織にも当てはまり、グリアー博士の例え「組織の構造は、玉ねぎのようになっている」と同義です。責任者がわかってしまうと、攻撃されるので偽装するテクニックでしょう。
なんか、思考回路、行動パターン、似たような匂いがします。
それと、「公式」発表がデタラメと言うのは、911と同じであった(笑)
ここでも、同じ匂いがします。
福一の3号機爆発時、中性子線が、10km離れた福二で観測されていたようです。
中性子線は核分裂反応で、建屋に溜まった水素が爆発しただけなら出ませんね。
つまりそう言うことである。
1377.福島第一3号機爆発時、10km離れた福島第二で中性子線が観測されていた
2016年05月30日 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/175495879.html
・現代の原子力村は、旧日本軍とまったく同じで、決して本当のことを言うような組織ではないが、複数の公開書類を照らし合わせることによって、真実に迫ることができる
・2016年3月に出版された「福島第二原発の奇跡」のなかに注目すべき記述が見られたので、紹介する。
フクシマ原発事故で、最大の被害をもたらしたのは、3号機の燃料プールの核爆発である。閃光が走り、きのこ雲が出現し、爆発元である燃料プール上部の鉄骨がもやしのように変形し、線量があまりに高くて未だに人が近づけない状況である。それなのに、「公式」発表では、
・単なる水素爆発であり、中性子は観測されていない
・環境中の放射能漏洩も確認されていない
とされている。
福島第二原発は、以前私が保修課の一員として5年間勤務していたこともあり、事故当初より非常に注目していた。私の最も最初の記事は、
2011年03月14日にかいた福島第二原発状況分析(とりあえず冷温停止)である。福島第二原発も、福島第一原発と同様、一歩間違えば爆発していてもおかしくない状況のはずだとは容易に想像できたため、調べた上でまとめたのである。東日本大震災から3日後の記事であることに注目してほしい。そして、この後も福島第二原発の記事はほとんど紹介されず、第一原発のことばかりであったことは皆様ご承知の通り。この3日間のことをまとめたのが、上記ドキュメンタリーである。
福島第二原発にかぎらず、原発はすべて安全で再稼働すべきだという論調で書かれているため、読んでいて非常に違和感を感じてしまう。福島第二原発は、自分たちの原発の事故収束以外にも福島第一の危機的状況にも対応せざるを得なかったために、二重の負荷がかかっている。その負荷を読者にわからせるために、ついつい福島第一原発の事故状況にも触れる必要があるわけで、その記述から福島第一3号機の状況についても触れられていた。
Kindle版 1595
福島第一原発3号機建屋が水素爆発
午前11時11分、福島第一で3号機建屋が水素爆発を起こした。1号機に続く二度目の爆発だ。
緊対の中が静まりかえった。
この時は応援部隊が来て、多くの者が外で作業していた。増田は直ちに免震重要棟に全員待避するよう指示した。どのくらい放射性物質が放出されているかわからなかったが、中性子が検出されている。
福島第一原発と第二原発の距離は約10キロ。これだけ離れているのに中性子線が検出されたとすれば、3号機の爆発がとてつもない者であったことがわかる。中性子線は直進するのだから、建屋のコンクリートを突き抜けて、10キロまで到達したわけである。中性子線が観測される状況とは何かと言えば、核分裂反応以外にない。つまり、この記述は、福島第一3号機で核爆発が起きたことを意味しているのである。午前11時11分、福島第一で3号機建屋が水素爆発を起こした。1号機に続く二度目の爆発だ。
緊対の中が静まりかえった。
この時は応援部隊が来て、多くの者が外で作業していた。増田は直ちに免震重要棟に全員待避するよう指示した。どのくらい放射性物質が放出されているかわからなかったが、中性子が検出されている。
福島第一の3号機が爆発したときは、福島第二はすでに冷温停止のための最終作業に入っていた。復旧した海水熱交換器建屋の残留熱除去機器を使って圧力抑制室の温度を下げていくのだ。
しかしまだ作業は山ほどあるし、予断を許さない状況だった。
渡辺は外で作業をしていて、ポコンと言う音を聞いた。福島第二まで届く、不気味な音だった。
急いで免震重要棟に戻ったら、福島第一で爆発だと聞いた。慌てて外にいる全員を集めて免震重要等に避難させた。
しかし、爆発を知ってからも、そればかりを考えている時間はなかった。モニタリングポストの数値が上がったとかいろいろ聞いたが、いちいち構ってはいられないというのが実情だった。マスクをしてタイベックを着てでも、なんとしても作業は続けると心に誓っていた。
しかしまだ作業は山ほどあるし、予断を許さない状況だった。
渡辺は外で作業をしていて、ポコンと言う音を聞いた。福島第二まで届く、不気味な音だった。
急いで免震重要棟に戻ったら、福島第一で爆発だと聞いた。慌てて外にいる全員を集めて免震重要等に避難させた。
しかし、爆発を知ってからも、そればかりを考えている時間はなかった。モニタリングポストの数値が上がったとかいろいろ聞いたが、いちいち構ってはいられないというのが実情だった。マスクをしてタイベックを着てでも、なんとしても作業は続けると心に誓っていた。
3号機爆発の際の公式発表を見ると、
午後1時55分現在、モニタリングポスト(MP6)付近の測定値は15μSv/h(マイクロシーベルトパーアワー)であり、放射線量の上昇傾向は確認されておりません。
午後3時現在、当所の南側(約10km)風下に位置する福島第二原子力発電所のモニタリングポストの指示値に、これまでと比較して大きな変動はありません。
明らかに矛盾しているが、おそらくこの「公式」発表を好意的に解釈すると午後3時現在、当所の南側(約10km)風下に位置する福島第二原子力発電所のモニタリングポストの指示値に、これまでと比較して大きな変動はありません。
・大きな変動を見せていないモニタリングポストもある
ということにしかならない。福島第一の放射能の影響がなければ、タイベックもマスクも必要ない(福島第二は、それほど大きな放射能漏れは起きていない)のである。それを、福島第二原発の職員の献身的な働きを示すために、ついぽろっと、放射能が上昇したことを入れてしまったのだろう。
実際、3.14フクシマに原爆が落ちた日-キノコ雲を見た消防士
福島第一原発で起きた水素爆発の様子を近くで活動していた消防士がカメラに収めていました。
これがその写真です。去年3月14日午前11時すぎ、第一原発3号機の水素爆発で立ち上る煙。爆発のすさまじさを物語っています。この写真を撮ったのは、原発から4キロほど離れた地点にいた消防署員。給水が途絶えた原発内に水を運ぶため、川の水をくみ上げる準備をしていました。
「はっきり見えました。間違いなく爆発が起きたと思いました」(双葉消防本部・志賀隆充指令補)
放射性物質による被ばくを避けるため、風向きを気にしながら原発の方向を見ていたときの出来事だったといいます。
「キノコ雲が出てきて、『パン』という甲高い爆発音。『ゴー』という地鳴り」(双葉消防本部・志賀隆充指令補)
爆発後、現場の放射線量が急激に上がり、慌てて避難したといいます。
「現場の線量も急激に上がったので、緊急的に撤収作業をして引きあげました」(双葉消防本部・志賀隆充指令補) (08日10:47)
これがその写真です。去年3月14日午前11時すぎ、第一原発3号機の水素爆発で立ち上る煙。爆発のすさまじさを物語っています。この写真を撮ったのは、原発から4キロほど離れた地点にいた消防署員。給水が途絶えた原発内に水を運ぶため、川の水をくみ上げる準備をしていました。
「はっきり見えました。間違いなく爆発が起きたと思いました」(双葉消防本部・志賀隆充指令補)
放射性物質による被ばくを避けるため、風向きを気にしながら原発の方向を見ていたときの出来事だったといいます。
「キノコ雲が出てきて、『パン』という甲高い爆発音。『ゴー』という地鳴り」(双葉消防本部・志賀隆充指令補)
爆発後、現場の放射線量が急激に上がり、慌てて避難したといいます。
「現場の線量も急激に上がったので、緊急的に撤収作業をして引きあげました」(双葉消防本部・志賀隆充指令補) (08日10:47)
この記述も、この本の記述と一致する。
すなわち、3号機はどこをどう考えても核爆発なのである。CTBTの核監視能力を見ると、何年経ってもそこで核実験をしたかどうかを調べることができるようである。福島第一3号機の建屋内で、きちんと調査すべきなのに、まったくやっていない。原発事故で核爆発が起きたかどうかをたしかめることこそ、本当に必要なことなのではないのか。フクシマ原発事故でCTBTの監視結果が非常に重要であることは間違いないのに、あきらかに情報を出し渋っている。このことこそ、3号機が核爆発であること逆に示していると考えている。
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中性子線の観測から、3号機は核爆発確定ですね。
院長さんは、熊本と記憶しているが、復旧完了だろうか。
非常に重要そうなのでメモ。