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生きているって素晴らしい

~生と死と心のサポート とある僧侶のつぶやき~

病院にお迎えに行ってきました。

そして、事前に打ち合わせしておいた手筈で葬儀社にバトンタッチしました。
あまり詳しく書けませんが、その女性とはその方のお姉さまのお葬儀をさせていただいたことがご縁でした。
その時から、私の時もお願いね。と言われていたのですが。。
そのたびに、まだまだ早いですから。もうちょっと待ってくださいね。
もっと私がえらくなってからにしてください。そう伝えていました。
こんなにも早くその時が訪れるとは・・
先月、ご相談を受けたときからその時は来ると思っていましたが、その時にもこんなにも早くと。。


ご相談は、ご本人ではなくご家族からでした。
ご本人は入院中で、本人の意思で亡くなったらお願いしたいとのことでした。
お見舞いに行かせてほしいとお願いをしたら、ご本人は病気で痩せてしまって顔を見せたくないとのことでしたので、結局お会いすることはありませんでした。。
お会いしたかったなという想いはもちろんあります。
けれども、それは私の想いであり、私のエゴであります。
なので、お会いすることは出来ませんでしたが、お願い出来たという安心感を持っていただくことは出来たのではないかと思っております。
そしてそれは、大きな大きな安心感に繋がるのではないかとも思っております。

そして今日のご連絡。
最期の時を迎えたら、葬儀社に連絡をということになっておりましたので、お寺には葬儀社から連絡をいただきました。
事前の打ち合わせには、私は関わらず葬儀社にお任せをということになっていたのですが。。
お迎えに行かせていただきました。

お迎えの詳細は、ここには書きませんので機会があったら聞いてください^^;
何よりも、時間外の受付で
「先ほどお亡くなりになられた○○さんにお会いに来たのですけど」
「お知り合いの方ですか?」
「僧侶です。お坊さんです。」
「葬儀社はもう少し後で来ます。先に私だけきました。」
これだけで、受け入れてくれた病院に本当に感謝です。
ご主人さんは、私の来訪に驚いておりましたが、葬儀社が来るまでの間、30分くらいでしたが、色々とお話してくださいました。
そののち、葬儀社がお迎えに来て、病院でお見送りをして終わりでした。
医療者からバトンをしっかり引き継ぎたい。
その思いはますます強くなりました。

「チームビハーラ」
再始動です。
どうぞ皆様、よろしくお願いいたします。
振り返ると、2011年2月にこのブログを立ち上げておりました。

昨年投稿した記事は、一つですが^^;

私の性格が如実に出ております(笑


この4年間FBと並行して、こちらも行っておりました。
FBの方が、何故か気軽に書けるもので、メインはFBです。

ただ、タイムラインなのでどうしても振り返ることが出来ないのです。
それでも良いかなとも思っていたのですが、やはりそこは不便です。

メインはFBですが、その中で振り返りたい、読み返したいと自分で思うものは、こちらにもきちんと投稿しようと思っております。
性格上いつまで続くかわかりませんが^^;

改めてよろしくお願いいたします。
枕経から戻ってきました。

最初に、おじいちゃんのお顔を拝見させていただきながら、ご家族が色々とお話くださいました。
少し経ってから、枕経をお唱えさせていただきました。
そののちに、また色々とお話くださいました。
おじいちゃんの生きざまを本当に沢山。
あっという間の時間でした。


その中では、ご家族がちょっとした疑問に思っていることもお話いただいたり、私から確認をさせていただいたりということもありました。
「どのお写真にしたのですか?」
これだけでも、沢山のことをお話くださいました。

枕経、故人のためであることはもちろん、ご家族のためでもあります。
そして、私自身のためでもあります。
その人の生きざまを教えていただくことにより、より心を込めてご供養させていただくことが出来ると思います。


お経を唱えることと、色々なお話を聞かせていただける枕経。
大切な時間だと思っております。
これから枕経。。

先日病院にお迎えに行った方とは、別の方。
お電話でお伺いしたら、誤嚥性肺炎で入院してそのまま食べられなくなって・・・ということでした。
故人にお会いし、務めさせていただくことをご挨拶させていただき、ご家族と色々とお話してきたいと思います。

○○さん、お疲れ様でした。
これから会いに行かせていただきます。
早速の更新です(笑

書きたいことがあったから、久しぶりにご挨拶させていただたわけで^^;

今回は「いのちは平等か?」についてです。

先日勉強会に参加させていただいた際に、このようなことをおっしゃっている方がいらっしゃいました。

「人のいのちは不平等」
「若くして亡くなる人もいれば、ただ長生きしている人もいる」
「そんな不平等なんだから、神も仏もいるはずがない」

皆様はどう思いますか?

神や仏がいるかはとりあえずおいておきます。

人のいのちは平等か?不平等か?です。

私は、平等でもあり不平等でもあると思います。
それは視点によって変わってくると思います。

「人は必ず死ぬ」

ここに関しては誰しも平等であると思います。

「四苦八苦」
「生・老・病・死」「愛別離苦」「求不得苦」「怨憎会苦」「五蘊盛苦」

なので、これも平等だと思います。

一方で・・・

「○歳で亡くなった。」
「事故で亡くなった。」

亡くなる年齢や、亡くなり方は人によってさまざまです。
ですので、亡くなるまでどう生きたか、あるいはどう生きるか。
これも人によって変わってきます。

なので、不平等と言えるのだと思います。

どちらが正解でしょうか?

どちらも正解で、見ている視点が違うだけだと思います。

私たちは自分の視点というものを持っておりますし、普段はそれで判断します。
けれども、見方を変えると全く違う見方もできます。
なので、色々な方と触れ合い、色々な方の視点に触れあり、自分の視点を増やしていただきたいと思っております。

「自分の人生、どう生きるかも自分次第」

これも平等であると私は思っております。

遠山玄秀