おはようございます♪
日蓮宗 上行寺の副住職をしております遠山玄秀です。
前の記事「無宗教」とは。。で、FBに「無宗教葬」のお話を書かせていただきました。
その時に、このようなコメントをいただきました。
「宗教・無宗教うんぬんの前に、費用の透明化という課題があると思います。私は父の葬儀になんだかんだとお寺に100万円ほど支払いました。葬儀屋さんへの支払いとは別に。内訳でよくわからない部分がありましたが、価格交渉をする場面ではないので、しかたないなと」
このコメントをどう捕らえますか?
もちろん、それぞれの立場でのとらえ方があると思いますが。。
私のコメントです。
「それは大変不快な思いになってしまい、同じ宗教者としてお詫び申し上げます。
お父様を亡くし、大切な葬儀、お別れのの時に、そのようなことがあるのは大変残念なことと思います。
おっしゃるように、お布施(費用)の透明化の課題はあると思います。
そこの原因の一つには、お寺と施主のコミュニケーション不足があると思います。
普段のお付き合いがないから、信頼関係もないのにお葬儀の時だけに出てきて、納得できる説明もなくお布施を支払う。当然、不満が残ると思います。
そこの部分をしっかりと考えて、私たちお寺は今一度しっかりと見つめて考えていかなければならないと思います。
うちのお寺、そして私は、そこの部分はしっかりと考えて行っているつもりですが、さらにしっかりと考えていきたいと思います。
そして、それをほかのお寺や宗教者にもしっかりと伝えていきたいと思います。
改めて、しっかりと見つめたいと思います。
あくまで個人的見解ですが、お葬儀で100万円は、高いと思います。
また、お寺側が納得していただける説明も出来ないから説明しないのでは?とも思います。
そうならないように、反面教師にさせていただきます。」
私には、このようなお話が色々ときます。
前の記事でお書きしましたが、
「法話もなかった」「法話が何を言っているかわからなかった」
「なんでお通夜にそんな法話なの?」
そういったお話や
「法外なお布施を請求された」
「お気持ちでと言われたので、お気持ちを包んだら、お気持ちが足りませんと突き返された」
そういったお話をお聞きします。
そういったお話をお伺いするたびに、自分はどんなのかと自己を見つめさせて頂く良い機会とさせていただいております。
そして、お坊さん側だけが悪いと思っていたのですが。。
最近は、お坊さんも悪いけど、お互いに悪いところがあるのだと思っております。
そのお話はまた次回。。
本日も沢山の幸せと笑顔が届きますことを祈っております。。
今を生き、このいのち輝かせましょう!
∞遠山玄秀∞