日蓮宗 上行寺の副住職をしております遠山玄秀です。
先日、FBに「無宗教葬」のことを投稿いたしました。
「無宗教葬」考える
その中に。。
■無宗教葬が選ばれる理由
というものがあります。
そしてそこに
「僧侶側にも説明する努力や個別の死者への対峙を会葬者と共に行うという努力が不足している場合が多い。」
これは、間違いなくあると個人的に思っております。
私には
「法話もなかった」「法話が何を言っているかわからなかった」
「なんでお通夜にそんな法話なの?」
といった声も聞こえてきます。
また
「個別の死者への対峙を会葬者と共に行う」
この視点を持っていない僧侶も多いのではないかと思います。
お葬儀が仕事になっていて、どれも同じ。そして、葬儀は僧侶が行うもの。
このような考えの僧侶も間違いなくいると思います。
あるいは、いつのまにそうなってしまったというのが正しいのかもしれません。。
そんな投稿をFBでしましたら、お友達がこちらを見つけてくださいました。
宗教の必要性
なるほどと思いながら読ませていただき。。
一番下にきましたら。。。
平成12年4月2日
それから早13年が過ぎました。
この13年ではあまり変わってないのかもしれませんね。。
∞遠山玄秀∞