日蓮宗 上行寺の副住職をしております遠山玄秀です。
私の考える僧侶の役割についてお話させていただきます。
昔は人の人生に当たり前にお坊さんがいたと思うのですが。。
「葬式仏教」などど揶揄される現代社会では、なかなか人生にお坊さんが寄り添うということは出来ていません。
もちろん、寄り添っていらっしゃるお坊さんもいらっしゃると思いますが。。
寄り添うことが出来ていたら「葬式仏教」などど揶揄されることもなかったと思います。。
私も人生に寄り添うことは出来ておりません。。
けれども、それは必要だと思っております。。
私はお葬式、それをここ何年も真剣に取り組んできました。
お葬式の中で亡くなられた方に関わり、その家族に関わってきました。
そんな中で、その家族の悲しみにどう寄り添うか。
その悲しみをどう和らげてもらうか。そのことをずっと考えてきました。
今も、考えております。
そんな中で出会ったのが「グリーフサポート」でした。
縁あって、株式会社ジーエスアイで「グリーフサポート」を学ばせていただきました。
「グリーフサポート」に関わる私の記事はこちら
「グリーフサポート」に出会い。今で自分が考えて、実践していたのはこれだったんだ!
と、確信を得ました。
今まで、自分なりに考えて行っていたのですが、そこに裏付けをもらった感じです。
そこからは、お通夜やお葬儀そしてご法事でどういう風にすればいいかさらに色々と考えるようになりました。
私がどんなことを考えているかは。。そのうちお話させていただきたいと思います。
そんなことを考えていたのですが、あるときに気付いたのです。
お葬式のご縁をいただいた方々の人生に供養という部分を通じて寄り添って参りました。
けれども、よく考えたらそれはその人のほんの一部分だったのです。。
そしてさらに考えるようになったのです。。。
∞遠山玄秀∞