タケマリちゃんを見送った時に
もちろん初めは
毎日泣きました


3ヶ月は泣いていたと
思います
しかし
激しい感情に襲われると
人は色々考えるようになるものです
なぜ自分は泣いているのか
初めは
もちろん失った悲しみです
そのうち
他に方法があったんじゃないかとか
自分を責める気持ちが強くなりました
そしてそのうち
ひたすら
もうタケマリちゃんがこの世にいない
ということを悲しむようになり
…で、思ったのは
例えば
インドにあるタージマハルは
ムガル帝国第5代シャー・ジャハーンが
愛する妻を失った時に
建てた霊びょうであると言われていて
これまでに世界中で
どれだけ多くの人々が
どれだけ多くの涙を亡くしたものに
対して流してきたのだろう
という、共感の思いだった。
そりゃ確かに
庶民にはタージマハルは
建立できないけど
心の中にタージマハルを
建てている、
そういう人はたくさんたくさん
いるのだろうなあ、と
そう思った。
それと
ペットを飼うということは
(実際に子を持つ親に
怒られるかもしれないけど)
愛おしい子供を必ず先に見送る
羽目になる親みたいなものかな
とも思った。
猫さんは
私に色々なことを考えさせて
教えてくれる
大切な存在です




