いつもコメント、いいねをありがとうございます
まだ書くことあるんですが、今までのまとめも書いたので現状のご報告をします
現在私は、義母、義家族と距離をとった形で旦那と奏太の家族3人で暮らしております。
とはいえ、車で1時間程度の距離に住んでいますので数ヶ月に一度は義母含め義兄家族と交流を持っています。
でもこれは嫌々交流を持ってるわけではないです。
だけど、私の中で完全にわだかまりが無くなったかというと、やはりそれは難しいです
あれ程までに抱えていた〝怒り″ は静まりましたが、辛かった日々が記憶から消えることはきっとないと思います。
産後の恨みは一生と良く聞きますが、恨みはないとはいえ産後のこの出来事は一生私の中で残るでしょう。
本当に本当に色々あり過ぎた。
このブログは辛かった気持ちを吐き出す為に始めました。
過去ブログを自分で読み返してみると、かなり自分が荒れてることが良くわかります

その当時も怒っていたし、振り返りとして書いている時もまだ怒っていたし、その気持ちが顕著に出てるなと思います。
でも書いてて、ブログを始めた当初より自分の気持ちが落ち着いてきたのがわかりました。
そうするとブログを書きながら、自分の中でやっぱりこれは正しかったと思うこともあれば、
これは間違っていたな、この時おかしいこと言ってたなと思うことが出てきました。
そして、あんなに嫌だった義母がほんの少しずつ受け入れられるようになった。
この理由はわかりません。
ただある時ふと思いました。
ガルガル期が治まり始めるてるのかな?って。
今現在もガルガルした気持ちは完全に無くなってはいません。
それでもあの頃みたいにどうしようもない感情が込み上げることはなくなりました。
嫌だと思う事でも笑っていられるし、気になる言動も流せるようになった。
何かにつけて気に入らないことを拾い集めて怒っていたあの頃とは明らかに違うなと感じています。
だからこそ思うことはただ一つ。
ただただ残念でなりません。
あの時、義母が嫌になる予兆はたくさんあった。
旦那に何度も相談した。
もしあの時、旦那が間に入って対処してくれていたならこんなに拗れることはなかったんではないか?と思います。
ガルガル期と合わせて、色々なことがあり過ぎた。
過ぎた日々はもう戻らない。
だからこそ義母と義家族とは何もなかったかのように過ごすことはもうできません。
もちろん私もたくさん間違えました。
それも含めて、私の人生の中であれほど苦しくて辛い記憶はない。
なくなることは絶対にないのです。
私と義母、私と義家族とは色々あり過ぎてしまった。
だから以前のような真っ新な気持ちで義母や義家族と接することはできないです。
後悔や罪悪感、傷付いた記憶など色んなことが邪魔してどこかでぎこちなさが出てしまう。
誰の責任かを問いたいんじゃない。
私の個人的意見としては、自分自身も含め、みんな悪いところがあった。
だからこれまでのことに自分にも非があったことはきちんと自覚しています。
今現在、過去の私と同じようにガルガル期で悩んでたりする人、
もしかしたら今後ガルガル期が訪れる人、
私が今思うことは、ガルガル期は周囲の理解がとても必要だということです。
特に一番近くにいる旦那さんの理解が必要だと思います。
どんなにガルガルしてても、ずっと同じ熱量は続かないです。
それが数ヶ月先なのか、数年先なのか分からないけど、どこかで和らいでくるはずです。
絶対とは言い切れませんが、私はそうでした。
でも関係が修復できない程に拗れてしまっていると、その時が来ても元には戻れません
先のことは分からないけど、今はそう思います。
だけど、私は義母と義兄家族と普通の関係でいられることを望みました。
ずっと怒りを抱えて疎遠でいることよりも、双方の負担がない程度に関わりを持つことの方が良いと思いました。
もちろんそれを相手方も望んでくれるのならの話ですが。
今は数ヶ月に一度交流を持たせてもらってます。
もしもまだやり直せるのなら、
今後その時が来てしまった時は、
どうか旦那さんにガルガル期を理解してもらって下さい。
旦那が寄り添ってくれるだけできっと心の負担が違います。
もちろん自分自身の問題もあるだろうけど、最悪の結果にはならないかもしれないから。
私が偉そうなことを言える立場ではないのは百も承知ですが、少しでもガルガル期で苦しむ方がいなくなることを切に願います。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました
また自分のペースで書いていきますので、今後ともよろしくお願いします