こんにちは!
東日本大震災から12年。
毎年この時期になるとメディアで特集が組まれ、震災の記憶が思い出されます。
私も当時の職場の駐車場で地震を体験しました。
アトラクションのように激しく揺れる車の中で、生まれて初めて聞く大音量のサイレンがラジオから鳴り響き。
必死にハンドルを握りしめながら、すぐ隣で大きな看板がゆらゆらと揺れているのが目に入り、こちらに倒れてくるのではと頭も隠す。
揺れている間中、家でおばあちゃんと留守番している長女が脳裏に浮かびました。
すぐに家へUターンしますが、全ての信号は止まっていてものすごい渋滞。
みんな家族の元へと急いでいるのでしょう。
ガソリンは前日に満タンにしたばかりで幸いでした。
脇道を通って近道する事もできましたが、国道で帰った方が安全と判断して混んでいてもひたすらまっすぐまっすぐ家へ向かう。
途中何度も電話をかけるものの混線していてなかなか繋がらず、
ようやく夫に繋がり家族の安否を確認して安堵しました。
まだその時はラジオからはケガをしたした人が数人ほど、と流れてきたので、ああ良かった。さすが地震に強い日本だと思いながら。
普段は1時間かからない家までの道が5時間かかり、停電で真っ暗の家について、家族全員が無事でいてくれて本当にありがたかったです。
その年の4月で3歳になる長女は、おばあちゃんとこたつの下に潜り、身を守ったそう。
「ううーってゆれた!!」
と小さな身体をぶるぶるさせながら興奮して話していました。
真っ暗闇の夜。
ぐちゃぐちゃの部屋の中、着替えもせずに布団にくるまり長女を寝かせました。
余震が続く中、夜通し続くヘリの音や遠くから聞こえる鳴り止まない救急車のサイレンの音。
大変な事が起きているのかもしれない、と恐ろしくて眠れませんでした。
当時はスマホじゃなく、携帯。ラインも無く、連絡ツールはEメールでした。
友人達の安否を一斉メールで確認して、全員無事だった事にまた安堵して。
その時海沿いがどうなっているか知る由も無く。
原発が大変な事になっているかも分からず。
雪も降っていてとても寒かったあの3月11日。
毎年甦るあの日の記憶です。
