歳時記余話
歳時記 4月3日
春分/雷乃発声(しゅんぶん/かみなりすなわちこえをはっす) 春になってもまだ眠り呆けている虫たち、春の雷はその眠りを覚ます春の号砲。
迷走するナショナリズム
トランプ大統領の迷走が続いている。いまはもう世界中から「口先だけの男」と思われているのではないか。ジョン・ミアシャイマーはすでに「トランプのイラン戦争は大失敗、戦略的失敗、達成した目標はほぼ何一つない」と断じている。トランプの迷走の根底には、トランプ自身の「普遍的真理の欠如」がある。現代のナショナリズムは自国の利益という「欲望」に特化されているわけだが、トランプの「アメリカ・ファースト」も「ディール(取引)」も単なる欲望にしかすぎず、どこにも真理がない。(ジョン・ミアシャイマーの講演・同著書『大国政治の悲劇』)
最後の審判を前にしてどう生きるか
ミアシャイマーが「国家は権力闘争から逃れられない」と断じ、内村鑑三が「政治システムでは世界は救えない」と断じたように、政治家の交代だけでは社会は変わらない。政治家の迷走は、国民の意思の反映に過ぎないからだ。
いま求められているのは、政治の潮流やプロパガンダに左右されない国民の「不動の良心」の回復である。それは個人の「自分は最後の審判を前にしてどう生きるか」という内面的な覚悟であり、自分の持ち場で誠実さを貫くことである。トランプの「ディール(取引)」に対し、内村は「取引できない真の価値」という匕首(あいくち)を突きつけている。(内村鑑三「再臨」宣言1918年)
国家の上位にある「普遍的な真理」を持つ
内村の愛国心は、ナショナリズムとは「似て非なるもの」だ。常に「国家より大きな普遍的真理」を基にしている。国を愛するからこそ、真理に照らし、国が誤った道へ進むなら命を懸けて異を唱える。国家の暴走を防ぐ唯一の手段は、国民一人ひとりが国家より上位にある「普遍的な真理」を内面に持つことである。それ以外にはないと思える。 ※内村の愛国心は「2つのJ」と言われる。Japan「日本への愛国心」と、Jesus「イエスキリスト=普遍的真理」である。(内村鑑三の墓碑銘1903年)
実話のリアリティ 這い上がる(内村鑑三②)
1891年の不敬事件で、内村鑑三は世間からの非難と総攻撃の中、食うや食わずの極貧で職を転々とし、京都、大阪、熊本へと流れていった。何とか食いつなぎながら、悲惨な境遇に陥った自分を慰めるためにその思いを書き連ねた。2年後、それは『基督信徒の慰め』と題して刊行される。神学書ではない。妻を失い、社会から捨てられ、総攻撃されている男が、「それでもなお神は生きている」と自分自身に言い聞かせる魂の呻きである。そして、これが当時の苦悩する青年たちの心に深く刺さった。小林秀雄が「批評とは、己の魂の感動を語ることだ」と言ったように、内村が極限の絶望で見出した救いこそが、他者の心を揺さぶる普遍性を得たのである。
これがどん底から這い上がる突破口となった。その後の内村は、英文で著書『代表的日本人』を世界に問い、当時最大の発行部数を誇った日刊新聞『萬朝報』主筆となって社会正義を訴え、月刊誌『聖書之研究』を発刊して圧倒的な迫力で時代を牽引した。どん底からの這い上がりは、個人の内面的な覚醒が社会を変える力を持つことを証明している。(内村鑑三『基督信徒の慰め』、小林秀雄『様々なる意匠』)
