たまたま撮影のタイミングを得られたのを良い事に、
暫くの間、井の頭線沿線桜まつりネタが続きます f^-^;
しかしいくら桜好きとは言え、立て続けでは流石に自分も飽きて来るなーと思い、
年末年始に掛けて投稿した「東北新幹線開業前夜」ネタの、
ほぼ同時期に撮影された北海道(主に函館本線)ネタも挟んで参りたいと思います。
今回投稿する写真も、東北地区と同じ、当時友人から焼き増しして貰ったものです。
yasuは北国宮城(東北では南の部類ですが)出身ということもあり、
どちらかというと南西方面への憧れが非常に強い人間です。
なので今までも、関西、中国、九州地方の旅が多かったですね。
そんな人間の北海道に対する感覚というと、宛らサハリンに渡るぐらいの心構えが必要・・・
といっては流石に大げさですが、まぁそんな感じの、異国的な土地という感覚です。
そして、そういう別世界の車両の、しかも30年も前の写真が手元に残っているのは、
かなり幸せだなぁーと、改めて思う次第です。
スキャナがすっかりポンコチックになっちまいまして、画質が最悪ですが;;;
前置きが長くなりましたが、初回は711系です。
711系と言えば、昔からの鉄道マニアの間では、781系が登場するまで、
唯一の交流電車ということで知られた存在でした。
今でこそ、JR北海道・九州を中心に、多数の特急・近郊用交流電車の形式が存在しますが、
国鉄当時と言えば、日本列島内の広域運用や、それら柔軟で効率的な運用を実現するための、
例えば485系や583系といった、非常に多目的要素に重きに置いた車両が中心でした。
名古屋・博多間を運転されていた、583系寝台特急「金星」は、
その間合い運用で富山行きの「しらさぎ」にも運用されてましたし、
新大阪・西鹿児島間の「明星・なは」、九州内特急「有明」に運用されたりと、
東は名古屋、富山から、西は西鹿児島まで、
西に配置された583系は非常に広範囲の運用に充てられました。
当然、交直両用である必要がある訳です。
1970年初期当時、もちろん青函トンネルも開通しておらず、
そして北海道内は、交流のみで電化されてはいましたが、
函館本線の小樽・旭川間しか電化されていなかったため、
長距離特急・急行はディーゼル車である必要があるなど、
交流専用で問題が無いのは、結局は近郊用、即ち「711系」だけだったのです。
711系は、「特急いしかり」の前身「急行かむい」と、
札幌、旭川間ノンストップの「急行さちかぜ」でも運用されましたが、
このさちかぜ、当時急行列車国内最速の、
表定速度85km以上で運転されていたそうです!! Σ( ̄□ ̄;)
当時、地元の急行くりこまが最速と信じていたyasuは、
この事実を知ったとき、もの凄いショックでありました・・・ (´・ω・`)
当時、PCB問題などもありましたが、
先月のダイヤ改正まで長きに渡り活躍できたのは、
その優秀な性能も大いに関わってるのではないかと思います。
何せ今よりも極寒であった当時の北海道で、
厳寒時に他のディーゼル・客車列車が軒並み運休を余儀なくされた中、
711系だけは通常運用をこなしていたそうですから。
いやほんと、凄いと思います (^-^)

