すぐ観ました。
そして今日、吉野さんご自身が書かれた著書「いのちのダンス〜舞姫の選択〜」を一気に読みました。
吉野ゆりえさん。
筑波大学舞踏研究会出身。
4年次に競技ダンスのプロに。同時にミス日本。その時リーダーに出会い、カップルを組まれます。
カップルを組んでからは快進撃。一年後にはNATD杯B級ファイナリスト。その時単独ジャッジをしたマーカス・ヒルトンを頼ってイギリス留学。その後アレックス・ムーア選手権ファイナル。全日本ダンス選手権でファイナル。
インターナショナル選手権のライジングスター戦で優勝。ロイヤル・アルバート・ホールへ。しかし「踏風の違い」に悩み、約10年でカップル解消。
その後ダンス教室に勤務していた時、2005年、筋肉に発生する悪性腫瘍の一つ平滑筋肉腫に冒されていることを知ります。
治療を続けながら、視覚障害者のためのブラインドダンスの大会を世界で初めて開催。「全日本ブラインドダンス選手権大会」は2006年の24時間テレビの中で放映されるたそうです。また、東京都立八王子盲学校のダンス部「八盲マルベリーズ」の顧問も務められました。
再発転移などにより19度の外科手術を受けましたが、2016年7月30日に後腹膜平滑筋肉腫のため永眠。48歳でした。
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今日は同時に、映画「栄光のバックホーム」も観ました。
元阪神タイガース選手で、脳腫瘍のため28歳で亡くなられた横田慎太郎選手(1995-2023)の生涯を描いた映画。
阪神タイガーズ在籍中に脳腫瘍を発症し、開頭手術を含む療養生活を経て寛解に至り、選手に復帰しました。しかし後遺症のため野球を断念して現役を引退します。引退後は自身の経験を伝える講演活動に携わり、野球選手としての経歴と闘病を綴った著書「奇跡のバックホーム」も刊行しましたが、転移した腫瘍が二度にわたって再発したのち、28歳という若さで亡くなられました。
目の異常でボールを追えないことがわかり、2019年9月22日に現役引退を正式発表。同月26日にはソフトバンクとの2軍最終戦、1096日ぶりの公式戦出場を果たしました。当初は9回表から中堅の守備に就く予定でしたが、二軍監督の発案で8回表二死二塁の局面から出場。1点取られて1点差になって次打者はセンター前ヒット。2塁ランナーはホームへ走るが、ボールを取った横田は「本塁へのノーバウンド送球で二塁走者をアウトする」というファインプレーで現役生活を締めくくりました。
これが以後「奇跡のバックホーム」と伝説になるプレーです。
この試合は阪神の二軍におけるシーズン最後の公式戦でもあったため、球団では試合終了後に横田の引退セレモニーを開催しました。
引退後は、自身の経験を語る講演活動にも力を入れ、特に高校生に自分の想いを伝える生活をしていました。しかし、脳腫瘍の再発・転移には勝てなかった横田さん。
もっと踊りたかった吉野ゆりえさん、もっと野球をしたかった横田さん。
お二人の無念を感じ、明日は踊れないかもしれない、でも踊れる今日は大切にしよう、と改めて思った今日でした。

