4年前…

溢れ出るやるせない気持ちを、どこで誰にどうやって吐き出せば楽になれるのだろう…?

そう思っていました。

 

今はブログがあるので、せっかくだから当時の思いの丈を綴ってみようと思います。

 

 

私は高校2年生のとき、シカゴに1年間留学していました。

たくさん学んで、たくさん遊んで、貴重な経験をたくさんして…

私の人生を大きく変えた1年でした。

 

その1年間の中心にいた、大切な大切な男友達が、

4年前の5月、がんのために命を落としました。

 

Facebook経由で突然、

シカゴの友人から "Remembering (友人の名前)"というセレモニーへの招待が来たのです。

 

会社にいた私は、その文字を見て目の前が真っ暗になり、とても仕事ができる状態ではなくなってしまいました。

 

気が動転していた私は泣きながら父に電話し、

「彼のセレモニーに出席するために、すぐにシカゴに行きたい。行かせて。」

と言葉を振り絞りました。

彼のことをよく知っていた父は、

「いいよ。行っておいで。」と言ってくれたけれど…

母からは、冷静なメール。

「あなた、仕事はどうするの。シカゴがどれだけ遠くて、行って帰ってくることがどれだけ大変か、わかってるの?」

 

たしかに母の言う通り…シカゴは、遠い…。

 

留学から帰ってきて、その親友とはずっとFacebookで連絡をとっていました。

それでずっと、繋がっている気でいました。

 

だけど、彼ががんの闘病にどれだけ苦しんでいたかすら、私は知らなかった。

写真を見て「ずいぶん痩せたかな?」と思っていたくらいで…。

 

彼が苦しい時、そばにいられなかったことが悔しかった。

すぐに、シカゴに飛んでいけなかったことが悔しかった。

なぜ彼なのか?とただ、悔しい気持ちでいっぱいでした。

 

私は上司に事情を話し、翌日休暇をいただきました。

 

シカゴに行くのは冷静に考えたらやっぱり難しくて…

だけどセレモニーが行われる時間には、静かに彼を想いたかったから。

 

私はその日、彼の思い出を振り返っていました。

 

彼との写真をたくさん印刷して、メモリーボードを作って。

彼に宛てた手紙を書いて。

 

その間ずっと…涙と笑みが同時にこぼれていました。

 

彼は人を笑わせる天才でした。

桁違いの変顔に、なんとも気持ち悪いモノマネシリーズw、

いつでもド派手なリアクション、

酔っ払って女性関係で失敗した夜のことを面白おかしく話してくれたり、

シュールな脚本の映画を撮影したいと言ってきたり、

夜中のショッピングモールの駐車場で、一緒にショッピングカートに乗って遊んだり。

彼と過ごす時間は本当にいつも楽しかった。

 

あぁもう…思い出し笑いが止まらない…

 

こうして彼のことを考えながら、涙と笑みが同時にこぼれたとき、

私の中で何かが吹っ切れました。

 

もう、彼の死を無理に受け入れる必要はないんじゃないか、と。

陳腐な表現かもしれないけれど、「彼は私の中で生き続ける」、それで、いいんじゃないか、と。

 

セレモニーに行けなかったこと、彼の闘病生活に寄り添えなかったこと。

どちらも悔しいけれど、きっとこれをやっていたら私は、彼の死を強く強く実感せざるを得なかったでしょう。

 

ずっと離れていて、彼がいなくなった実感がないからこそ…

私はむしろ、

「きっと彼は今もどこかで笑っている。きっと今日もバカなことをやっている (笑) 」

と思っていればいいのかも、と自分なりに気持ちに整理をつけました。

こういう向き合い方があってもいいんじゃないかなぁと。

 

だからこそ私は毎年、彼の命日である5/10ではなく、彼の誕生日である5/28に、彼を想いますラブレター

彼の死ではなく、彼の生を祝うために。

 

I miss him...

でも今はもう、彼を想いながら涙が出ることはありません。…思い出し笑いばっかり。笑

これからも、辛いときは彼とバカやったことを思い出し、嬉しいときは彼の満面の笑顔を思い出し、彼と一緒に歩んでいきたいと思います!!

 

 

Elise