事故当時、母は、足骨折中で、奈良から岡山に見舞いにくることはできず、
父は、見舞いに来てくれたけど、意外とあっけらかんとしていて、
『なんや、元気そうやな!』
って感じで、あっさりしてた。
気にしてくれたのは、当時のバイクのツーリング仲間たちで


事故車のバイクを大阪まで運んで、修理して、保管してくれてたり、
みんなでわざわざお見舞いに来てくれたりして、
もう、その気持ちが泣くほど嬉しかったのを覚えてる。
今でも、彼らに会えば、
おー!!CANAちゃん久しぶりやなー!!!
バイク、もう乗らんのかー???
て、ニヤニヤしながら言ってくれる、大事な人たち。
けど、事故当時も直後の時期も
なぜかカツコに逢いたくて仕方なかった。
手術が終わって、数日経って、
やってきた彼氏は、別れ話を持ってきて、
そこで、さらにダメージを受けて、どうしようもなく悲しくて、
カツコに電話をかけた。
『せんせい、ごめん・・・。
逢いたくて、がんばって帰ってたんだけど、こけちゃった。』
『みんなから聞いたわよー。大変だったわねー。』
『せんせー、せんせーにあいたいー・・・。彼氏にもふられちゃって、もうなんかぼろぼろやねん・・・。』
『あらあら・・・。まあ、今はカラダに集中しなさーーーい。落ち着いたらあいましょう?』
『せんせー・・・せんせー・・・・あたし、どうしたらいいかわからんーーーー』
『だいじょうぶよ。あいましょうね。今はしっかりなおすのよ』
ほんまに、せんせー・・・・(泣)
しか言うてなかった気がするのに、ほぼ全部察してくれてた気がするカツコ。
で、まだ、松葉杖ついて歩いてる頃に、
やっぱりカツコに会わなきゃいけない気がして、
カツコもわたしのことを気にしてくれていて、
大阪市内のとある喫茶ラウンジで、
カツコに会うことになりました。
いろいろ報告をして、やっと話せたーと落ち着いてお茶を飲んでいた時に、
『あのね~、やまださん。
わたしには、どうしてあげることもできないんだけどね
きっとあなたに必要なことを言ってくださる方がいるから、
一緒に会いに行きましょう?』
と、ひとこと・・・。
『わたしもね~、その人に逢って、
ずいぶんいろいろ変われたの~。
今は瞑想とかヨガとかしながら生活してるのよ~。
トモコさんって言うんだけどね。』
(ほう・・・。)
『明日もね、その人、沖縄から来るから、お友達と一緒に行くことにしてるの。』
(ほう、沖縄からきてるのか・・・。)
『でも、明日はさすがに急だし、毎月大阪には来てはるから、来月予定を合わせて一緒に行きましょう。予約しといてあげる。』
(ん?予約??予約が必要なの?人にあうのに???)
『すごくスピリチュアルな人でね、きっとあなたも楽になると思うわ~。』
(・・・・あやしい。なんかあやしい。)
もしかしたら、カツコがいうからあやしいのかもしれないけどあやしい(笑)
というのも、このカツコ。
高校の時の自己紹介で、じぶんの指にはめている
ビー玉級の紅水晶のことを延々10分くらい語っていた先生で、
『みんな、そこに別に興味ない!』っていう感じやったのに、なぜか延々紅水晶との出会いとか語ってて、
ちょっと風変わりっていうか、ちょっと珍しい不思議部族な感じだったりして、
日本史の先生だったのだけど、その日本史に対するラブ度合いも、はたから見てわかるほど、
愛したら、一直線。恋は盲目!並みのスピリットの持ち主。
そのカツコが、今度は、スピリチュアルな人に没頭してるようだから、なんだかかあやしいの一言に尽きた。
でも、当時のわたしは、あやしいって感じながらも、
なんだか、カツコの言うことは聞いとこうってスタンスで、
家に帰ってから、母にあやしい人の話聞いたけど、
カツコの紹介だから行ってみるーとか言って、次の月に行くことにした。
ちなみに、母もえらく気になったらしく、母同伴(笑)
そして、わたしと母のスピリチュアルとの出会いがはじまるのです。
つづく

【実践編】フィレンツェでアーユルヴェーダをまなぶ☆セラピスト養成講座
【ご観光の方向け】出張マッサージサービス