さて。
僕はどんな道を歩み、創ってきたのでしょうか。
自己紹介がてら、振り返ってみたいと思います。
私のルーツ、『 道 』です。
出身は、神奈川県の平塚市。
1972年の1月20日11時頃に生まれました。
子供のころからウルトラマンが大好きで、
「一度でいいから着ぐるみ怪獣の中に入ってみたい!」
なんて思っていました。特撮ものが大好きでした。
小学生のころはダンボールで怪獣を作ったりしてましたよ。
ガンプラなんかも作ってましたね。
ガンプラブームど真ん中です。
プラモ狂四郎大好きでした。
4年生のときには、コンテストで情景部門の金賞をとったことがあります。
その時は驚きました。
作品を引き取りに会場に行った時、自分のが見当たらないのです。
「あれ~??」と探していると、なんと!
受賞作品のコーナーに自分の作品が!!
それを見ている子供たちから「すげ~っ」の声が聞こえます。
ちょっと鼻高々な気分で係員に声をかけたのを思い出しました。
中学生時代は一旦、怪獣から離れますが、
高校時代に、少年ジャンプに当時連載されていた、桂正和の「ウイングマン」を読み、
再び怪獣、ヒーロー特撮作品にはまります。
ハリウッドの特殊メイクにも大いに興味をを持ちました。
高校1年のころには日本アルプスに登りたくて、山岳部に入ってましたが、
目的を達成したのち、映画研究部に入りました。
その当時、ハリウッドで活躍する日本人の特殊メイクアーティストの、
スクリーミング・マッド・ジョージが結構テレビで取り上げられたりしていて、
すげーっ!とか思ってました。
そんなこんなで、今後の進路を決めるため、
高校の図書室で、受験情報誌の「蛍雪時代」をパラパラと
眺めていたときに、「これだっ!!」と感じる学校と出会います。
知る人ぞ知る、東京映像芸術学院熊谷校。 別名、特撮学校!
当時は日本で唯一、特撮が学べる学校でした。
その瞬間、僕の中にそれ以外の選択肢はなくなります。
良くも悪くも、やると決めたら、てこでも動かない性格です。
親に授業料など負担をかけながら、その学校に入学しました。
そして、僕が学びたいのは、もちろん特殊造形です。
その中でも、着ぐるみ怪獣製作です。
高校在学中から、その手の情報、造形方法を収集し始め、
特撮学校に入学する前には、ある本に載っていた
「ゴジラの作り方」
を参考に、やや本格的な作り方をした
モンスタースーツを一体製作します。
これも動機が、「作りたい」というよりも、
なぜか「着てみたい」というのが大きかったと思います。
「着てみたいけど、着ることの出来る怪獣がないから、
自分で作ってしまおう!」
みたいな。
着ぐるみに関する思い入れは、何故かとても強いものでした。
学校自体は3年制だったのですが、
2年の後半からはほとんど造形会社に行って、バイト三昧です。
僕の造形作品が、初めてTVの画面に映ったのは、
多分、知っている人はいないと思いますが、
TBSギミアブレイクの特番「オカルト勘平」という作品だったかな。
その後、縁があって、東宝の特撮映画、
「ゴジラvsキングギドラ」
に参加することになります。
このときのゴジラは、スーツが新調されていません。
確か、顔だけ皮を張り替えただけだった記憶があります。
このころから、川北特撮監督にはとてもかわいがってもらいました。
その次の作品、「ゴジラvsモスラ」にも参加!
この時は、ついに念願の、日本で、いや世界で最高の着ぐるみ怪獣の
製作に携わります。顔周辺は先輩が担当し、
自分はボディの製作を担当しました。
そして次の作品!
「ゴジラvsメカゴジラ」では、メカゴジラのデザインワークスにも参加します。
メカゴジラは、僕の中ではとっても思い入れのある怪獣。
東宝特撮怪獣の中でも、一番大好きな怪獣です。
その復活に関われることが、最高に嬉しかったなぁ。
その顔は、僕が雛形で製作したものが採用されました。
そしてゴジラスーツは、僕が中心になって、製作を進めました。
(造形の親方はそのとき何故か別件の仕事で台湾に行ってました。)
そして、念願の、本物の日本一の着ぐるみ怪獣、
キングオブキング、ゴジラのスーツを着てみる機会がありました。
入った感想は・・・きつくて重くて苦しくて、前も良く見えませんでした。
背中のチャックを閉めたとたん、気を失いそうな感覚に襲われたので、
慌てて脱がしてもらいました。
ここで、僕の中の大きな目標がひとつ達成されたことになります。
メカゴジラのデザインに関わり、ゴジラも作り、日本で最高の、
着ぐるみの中の着ぐるみ、ゴジラも着ました。
この作品が終わったころぐらいからか、
造形に対する熱が冷めていきます。
その後も東宝作品の「ヤマトタケル」「ゴジラvsスペースゴジラ」
「ゴジラvsデストロイア」にも関わりますが、今までの熱さは戻りません。
「予算」に見合った造形物製作、などが追い討ちをかけます。
親方に、「やるな。」と言われたことが、とてもショックでした。
その後、失われた情熱を求めて、
レインボー造形企画(東映のヒーロースーツをすべて作っている会社)で働いたり、
独立して造形物を製作したりしますが、
何かが足りない、満たされない感じは消えませんでした。
同時に、自分の実力に対する不信、限界も感じていました。
イメージした通りの物が作れない・・・。
一旦、造形をやめることにし、
しばらく、家業のFRP工場を手伝っていました。
それから、紆余曲折があり、
「自分は人の才能を伸ばしたり、
可能性や意欲、情熱を応援したい!
内に秘めた情熱を発揮させてあげられるような、そんな人になりたい!」
と思うようになりました。
その入口として、カウンセリングを学び始めました。
中でも印象深いもの、効果の高い学んだことは、
ヘルスカウンセリングの再誕生療法、
ハコミセラピーのラビングプレゼンス、テイクオーバー、
スリーインワンの筋肉反射テストを用いたストレス開放テクニックです。
そして今現在、コーチング的関わり方、コミュニケーションに関心があります。
どのような経緯で、名古屋に来ることになったのかは
またいつかの機会にお話できればと思います。
そして今は、天から与えられたギフトとしての造形の技術を生かした仕事をしています。
好きなことをいくつか。
屋久島好きです。
特に、大川の滝(おおこのたき)が大好きです。
とても心が洗われる感じ。穢れが祓われる感じがします。
ヤクスギランドは行ってみると意外とすっごく良いです。
ネーミングセンスは??ですが内容は最高に充実しています。
屋久島は、雨もまたいいんだよなぁ~。
それから中国の楽器、二胡が大好きです。
神奈川にいたころは、ジャー・パンファン先生の教室に通ってました。
しばらく触ってませんが、また再開しようと思います。
後は、台湾の烏龍茶が大好きです。
功夫式で香りを楽しみながら飲むのが最高に好きです。
それはとっても贅沢な時間ですよ。
台湾でそれを体験してからというもの、烏龍茶の概念が変わってしまいました。
お茶を愉しむ為の、茶杯を集めるのも楽しいです。
機会があれば、ご馳走しますよ。
とても長くなりましたが、
最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
かなりそのままの自分を表現できたと思います。
制限するのをやめました。(笑)
言い遅れましたが、もうすぐ6歳と4歳の男の子の2児の父です。
親の趣味に付き合わせて、仮面ライダーが大好きです。
僕はどんな道を歩み、創ってきたのでしょうか。
自己紹介がてら、振り返ってみたいと思います。
私のルーツ、『 道 』です。
出身は、神奈川県の平塚市。
1972年の1月20日11時頃に生まれました。
子供のころからウルトラマンが大好きで、
「一度でいいから着ぐるみ怪獣の中に入ってみたい!」
なんて思っていました。特撮ものが大好きでした。
小学生のころはダンボールで怪獣を作ったりしてましたよ。
ガンプラなんかも作ってましたね。
ガンプラブームど真ん中です。
プラモ狂四郎大好きでした。
4年生のときには、コンテストで情景部門の金賞をとったことがあります。
その時は驚きました。
作品を引き取りに会場に行った時、自分のが見当たらないのです。
「あれ~??」と探していると、なんと!
受賞作品のコーナーに自分の作品が!!
それを見ている子供たちから「すげ~っ」の声が聞こえます。
ちょっと鼻高々な気分で係員に声をかけたのを思い出しました。
中学生時代は一旦、怪獣から離れますが、
高校時代に、少年ジャンプに当時連載されていた、桂正和の「ウイングマン」を読み、
再び怪獣、ヒーロー特撮作品にはまります。
ハリウッドの特殊メイクにも大いに興味をを持ちました。
高校1年のころには日本アルプスに登りたくて、山岳部に入ってましたが、
目的を達成したのち、映画研究部に入りました。
その当時、ハリウッドで活躍する日本人の特殊メイクアーティストの、
スクリーミング・マッド・ジョージが結構テレビで取り上げられたりしていて、
すげーっ!とか思ってました。
そんなこんなで、今後の進路を決めるため、
高校の図書室で、受験情報誌の「蛍雪時代」をパラパラと
眺めていたときに、「これだっ!!」と感じる学校と出会います。
知る人ぞ知る、東京映像芸術学院熊谷校。 別名、特撮学校!
当時は日本で唯一、特撮が学べる学校でした。
その瞬間、僕の中にそれ以外の選択肢はなくなります。
良くも悪くも、やると決めたら、てこでも動かない性格です。
親に授業料など負担をかけながら、その学校に入学しました。
そして、僕が学びたいのは、もちろん特殊造形です。
その中でも、着ぐるみ怪獣製作です。
高校在学中から、その手の情報、造形方法を収集し始め、
特撮学校に入学する前には、ある本に載っていた
「ゴジラの作り方」
を参考に、やや本格的な作り方をした
モンスタースーツを一体製作します。
これも動機が、「作りたい」というよりも、
なぜか「着てみたい」というのが大きかったと思います。
「着てみたいけど、着ることの出来る怪獣がないから、
自分で作ってしまおう!」
みたいな。
着ぐるみに関する思い入れは、何故かとても強いものでした。
学校自体は3年制だったのですが、
2年の後半からはほとんど造形会社に行って、バイト三昧です。
僕の造形作品が、初めてTVの画面に映ったのは、
多分、知っている人はいないと思いますが、
TBSギミアブレイクの特番「オカルト勘平」という作品だったかな。
その後、縁があって、東宝の特撮映画、
「ゴジラvsキングギドラ」
に参加することになります。
このときのゴジラは、スーツが新調されていません。
確か、顔だけ皮を張り替えただけだった記憶があります。
このころから、川北特撮監督にはとてもかわいがってもらいました。
その次の作品、「ゴジラvsモスラ」にも参加!
この時は、ついに念願の、日本で、いや世界で最高の着ぐるみ怪獣の
製作に携わります。顔周辺は先輩が担当し、
自分はボディの製作を担当しました。
そして次の作品!
「ゴジラvsメカゴジラ」では、メカゴジラのデザインワークスにも参加します。
メカゴジラは、僕の中ではとっても思い入れのある怪獣。
東宝特撮怪獣の中でも、一番大好きな怪獣です。
その復活に関われることが、最高に嬉しかったなぁ。
その顔は、僕が雛形で製作したものが採用されました。
そしてゴジラスーツは、僕が中心になって、製作を進めました。
(造形の親方はそのとき何故か別件の仕事で台湾に行ってました。)
そして、念願の、本物の日本一の着ぐるみ怪獣、
キングオブキング、ゴジラのスーツを着てみる機会がありました。
入った感想は・・・きつくて重くて苦しくて、前も良く見えませんでした。
背中のチャックを閉めたとたん、気を失いそうな感覚に襲われたので、
慌てて脱がしてもらいました。
ここで、僕の中の大きな目標がひとつ達成されたことになります。
メカゴジラのデザインに関わり、ゴジラも作り、日本で最高の、
着ぐるみの中の着ぐるみ、ゴジラも着ました。
この作品が終わったころぐらいからか、
造形に対する熱が冷めていきます。
その後も東宝作品の「ヤマトタケル」「ゴジラvsスペースゴジラ」
「ゴジラvsデストロイア」にも関わりますが、今までの熱さは戻りません。
「予算」に見合った造形物製作、などが追い討ちをかけます。
親方に、「やるな。」と言われたことが、とてもショックでした。
その後、失われた情熱を求めて、
レインボー造形企画(東映のヒーロースーツをすべて作っている会社)で働いたり、
独立して造形物を製作したりしますが、
何かが足りない、満たされない感じは消えませんでした。
同時に、自分の実力に対する不信、限界も感じていました。
イメージした通りの物が作れない・・・。
一旦、造形をやめることにし、
しばらく、家業のFRP工場を手伝っていました。
それから、紆余曲折があり、
「自分は人の才能を伸ばしたり、
可能性や意欲、情熱を応援したい!
内に秘めた情熱を発揮させてあげられるような、そんな人になりたい!」
と思うようになりました。
その入口として、カウンセリングを学び始めました。
中でも印象深いもの、効果の高い学んだことは、
ヘルスカウンセリングの再誕生療法、
ハコミセラピーのラビングプレゼンス、テイクオーバー、
スリーインワンの筋肉反射テストを用いたストレス開放テクニックです。
そして今現在、コーチング的関わり方、コミュニケーションに関心があります。
どのような経緯で、名古屋に来ることになったのかは
またいつかの機会にお話できればと思います。
そして今は、天から与えられたギフトとしての造形の技術を生かした仕事をしています。
好きなことをいくつか。
屋久島好きです。
特に、大川の滝(おおこのたき)が大好きです。
とても心が洗われる感じ。穢れが祓われる感じがします。
ヤクスギランドは行ってみると意外とすっごく良いです。
ネーミングセンスは??ですが内容は最高に充実しています。
屋久島は、雨もまたいいんだよなぁ~。
それから中国の楽器、二胡が大好きです。
神奈川にいたころは、ジャー・パンファン先生の教室に通ってました。
しばらく触ってませんが、また再開しようと思います。
後は、台湾の烏龍茶が大好きです。
功夫式で香りを楽しみながら飲むのが最高に好きです。
それはとっても贅沢な時間ですよ。
台湾でそれを体験してからというもの、烏龍茶の概念が変わってしまいました。
お茶を愉しむ為の、茶杯を集めるのも楽しいです。
機会があれば、ご馳走しますよ。
とても長くなりましたが、
最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
かなりそのままの自分を表現できたと思います。
制限するのをやめました。(笑)
言い遅れましたが、もうすぐ6歳と4歳の男の子の2児の父です。
親の趣味に付き合わせて、仮面ライダーが大好きです。