中学受験における深海魚問題について

※深海魚
中学受験に成功したものの入学後に学校のカリキュラム進度についてゆけず、成績が低迷し成績的に学校の底辺順位に滞留する状態のこと。教師側からも目の届かない状態になる。

深海魚になりやすい生徒の特徴

☑️ 中学受験が親の強い意向だった


☑️ 合格がゴールだと思っていた


☑️ 実はカンニングの常習犯だった


☑️ たまたま得意な出題が多かった


☑️ 学校の雰囲気に馴染めなかった

中学受験が親の強い意向だった

本人は実のところ、そこまで中学受験に意欲的ではなかったが、「親の気持ち」を汲み取り勉強をしていたケースですね。これはあるあるです。テストで良い偏差値をとると親が喜ぶので頑張っていたという子は中学入学後にふと我に返ったり、今まではっきりとしていなかった自我が強まったりというタイミングで「なんでこんなことに頑張ってんだろ」と思い始めて勉強への意欲が失われることがあります。

一方で中高一貫校のカリキュラムは非常に速いので意欲が失われると途端についていけなくなります。そうすると授業を聞いていてもわからないのでますます意欲を失い、気がついたらダントツのビリに学力が定着してしまいます。


合格がゴールだと思っていた

受験というのは家庭レベルでいうと戦争に等しいぐらいの出来事です。最高司令官(保護者)の指示の下、勝利のため(合格のため)国家の(家庭の)資源(お金や家族それぞれの時間や自由)を投入して兵士を戦場に送り込み、勝利を勝ち取れと願うわけですよね。この場合の塾の役割は参謀本部といったところでしょうか。

そうすると勝利することが至上目的になってしまっても仕方がないものです。特に本人は小学生ですからまだまだ人格的には未熟で当然です。実際に戦場から帰還した兵士が無気力症候群になっているケースはアメリカで社会問題化しています。何のために受験をして合格をしたらどういう生活が待っていて、その生活にはどんな利点があるのか、平素から保護者と子供で意志疎通を図っておいた方が良いと思います。


実はカンニングの常習犯だった

成績が悪いと強くしかったり、平素からガミガミと勉強しなさいといっていると「文句を言われたくない」一心でカンニングをして成績を出そうとする子は驚くほどたくさんいます。

ただし、周囲の子の答案を盗み見る形のズルは証拠がないので塾側は注意ができません。指摘して相手が濡れ衣だと言い出すと場合によっては裁判沙汰にもなりうるので、「あー、あいつ、また◯◯の答案覗いてんなぁ」とわかっていても塾側から注意はしません。というか注意をするなと明確に本社から指示が来ます。

一度カンニングをすると次からも成績を維持するためにカンニングをし続ける必要が出てきます。気がつくと入試本番までずっとカンニングをしていて、バレずに合格してしまったという子も毎年かならずといっていいぐらいいます。

当然、学力が足りないため入学後はついていけず深海魚になってしまいます。


たまたま得意な出題が多かった

これは努力不足だが、地頭の良いの子に起こりうるパターンです。広範囲のクラス編成テストや模擬試験では努力不足ゆえに上位クラスに入る成績は取れないが、難問を解く力があるので入試で出た難問がいくつも正解できた結果、合格をしてしまったというケースです。

受験勉強を通じて努力することが培われていないので当然、入学後は授業についていけません。中高一貫校の授業スピードは相当に速いです。


学校の雰囲気に馴染めなかった。

これは受験生時代によく勉強をしていた生徒に起こりがちです。希望に燃えて、目標とする学校の合格に向けて頑張った結果、志望校に合格したものの、いざ入学してみると学校の雰囲気が自分の想像していたものと大きくかけ離れており、やる気をなくしてしまったケースですね。


 

 



深海魚の末路

成績的に深海魚になってしまったとしても即ち不登校になるというわけではないんです。

深海魚同士でつるんで学校生活を謳歌するなんてパターンもありますし、開成などは勉強ができるできないは個人の考え方と割りきっている生徒も多くいます。やりたいことのために勉強が必要ならやるし、そうでないならやらないで他のことに時間を使うのが当たり前という考え方の子も超難関校にはたくさんいるので、深海魚と学年上位が友達になっているケースなんかもあり得ます。

ただ、高校への進級を学校側から断られるようなこともあるので身の振り方を考えておく必要はあるでしょう。

また、成績不振から不登校になってしまっている場合、学校に在籍し続けることは得策ではありません。公立中に戻るという選択をして環境を変えた方がいいと私は思います。


    

人間万事塞翁が馬


昔、中国の北辺の老人(塞翁)の飼っていた馬が逃げたが、後に立派な馬をつれて帰ってきた。老人の子がその馬から落ちて脚を折ったが、そのために戦争に行かずにすんだ。このように人生の吉凶は簡単には定めがたいことをいう「淮南子‐人間訓」の故事による格言。


せっかく意中の学校に入学したのに我が子が深海魚になってしまった。成績不振から不登校になってしまった。心配だと思います。出口のないトンネルに入り込んだような気持ちだと思います。ただ、人間万事塞翁が馬です。今は不幸に思っても、長い人生、この体験のお陰で不幸を回避できることだってあるかもしれません。この体験のお陰で幸福に巡り会うかもしれません。