勉強が嫌い、やらない、やりたくない。
という子供、言われたことだけをロボットのようにやる子供を進学塾でもチラホラと見かけます。実はこれらの子供には共通点があるんです。それは親のスタンスです。
問題の解決を図ろうとする際に自分がどう動こうかなと考える人と他人にどう要求しようかなと考える人の二通りがいるわけですが、勉強嫌いの子供の親は高確率で他人に要求することで問題の解決を図ろうとする思考の人です。
これはものの考え方の癖のようなものですから毎日の生活のなかで繰り返しているんですね。
他人は自分の思い通りに動かないのが当たり前です。それは自分の子供であってもそうですし、お金を払っている塾でも同じです。当然ですが契約に基づいたサービスしか受けられません。
ところが要求型の思考の人はいつまでたっても他人を自分の思い通りに動かそうと躍起になる。これは叶わぬ願いなのですが気がつかないので不満が募る。不満は募る上にいつまでも問題の解決が図れない。余計にイライラする。この悪循環にはまっています。
子供を包丁で脅して勉強させていた親がニュースになりましたが、恐怖で押さえつけたり、圧力をかけて勉強を促そうとする方向に行き着きます。これは結局、子供が思う通りに勉強をしないという問題の解決を子供に要求していることに他なりません。勉強しろと要求して勉強するならそもそも問題にはならないわけです。
恐怖や圧力によって勉強を促すと、子供は嫌がるか、怒られないように言われたことだけを懲役のようにやるだけです。こうして勉強嫌いの子が出来上がります。
親が先々のことを考えて子供に勉強をしてほしいのなら親の行動を変えることで子供に「やってみようかな」とか「頑張ってみよう!」という気持ち持たせることが大切です。
塾に対しても「高い金払ってるんだから成績をあげてよね。」というスタンスだと料金以上の効果は得られないでしょう。で、さらに要求をすると、講師から嫌われて通り一辺の指導しかされなくなります。誰だって要求の多い人とは関わりたくないので、仕事をしてないと言われない程度の関わりしか持たなくなります。
要求を繰り返して塾がわの限界を超えたときに「ではお辞めください」となるわけです。一回この態度をとると塾に、やはり続けると言ってももう遅いでしょう。十中八九辞めさせはしないですが置いておくだけという扱いになります。
そもそもの発端は子供にもっと勉強をして欲しいというつもりだったはずですが、結果的に勉強をするどころではなくなっています。
これは極端な例でしょうが近いことは起きます。前述の包丁で脅して勉強させていたご家庭はお父さんが息子さんを包丁で刺し殺してしまったとニュースになっていました。
他人を自分の思い通りに動かそうとする要求型の思考では不満と批判ばかりが増え、自分が得たい結果は手に入らず、最終的に不幸せになってしまうわけです。
一方で、自発型の考え方の親は常に自分がどう関わって問題を解決するか考えます。子供のして欲しいこと、かけて欲しい言葉をよく観察しています。「ちょっと一緒にやってみようぜ」と一緒に勉強してみたり、「これって何でこうなるの?」と子供に先生役をさせてみたりとタイミングを見計らって、子供がして欲しいことをやっています。
面談をすると自発型の親は「どうやって受験に関わるべきか」アドバイスを欲しがります。
ところが要求型の親「子供の愚痴」が中心で、具体的な関わり方は全部こちらに丸投げ。「あんたらプロなんでしょ。いいようにやっといて」という態度です。下手をすると「成績が上がらなかったら辞める」と退塾をちらつかせて暗に手厚いフォローを要求してきます。
ちなみに、この退塾をちらつかせるという手法を気に入ってる方々がチラホラいますが講師としてある程度の活躍をしている人間には効果はありません。そもそも持ちクラスから退塾者があまりでない上に収入に直接関係ないので「あ、そう。」ぐらいのもんです。大人だからもうちょっとマシなリアクションはとるでしょうが、「よし、フォローアップして退塾止めるぞ」とはなりません。
自分が解決したい問題は自分が動く以外に解決はできません。他人に要求をして解決を図ろうとすることはすなわち問題を他人任せにし、他人に人生を左右されることになります。
そして他人は自分の思い通りには動いてくれません。勉強嫌いの子供はこうした他人任せの親の思考が関係しているのではないかと思っています。