こんにちは~
今読んでる本、
「人生の鍛錬 小林秀雄の言葉」新潮社
小林秀雄さんは「日本の近代批評の創始者であり、確立者」と言われているお方です。
まあ、そんなこととはつゆ知らず、インスピレーションで買ってしまった本なんですが・・・
去年買ったのかな?
で、何言ってんだかわかんなかったので放置してましたw
最近になって再び手にとって読んでみたら・・・
すっげーおもしろい!!
「あんた、なんでもお見通しかい!」
って思っちゃうほど。
たぶんこの人の言葉だけでこのブログ1ヶ月以上もちますよ。
まだ半分しか読んでませんが、引用させてもらいます。
美しい「花」がある、
「花」の美しさというものはない。
彼の「花」の観念の曖昧さに就いて頭を悩ます現代の美学者の方が、
化かされているに過ぎない。
小林秀雄
これは面白いと思った。
よく自分の考えと発言者の考えをしっかり区別しないで書いちゃうことがあるのでことわっておきますが、こっから下は僕の考えです。気をつけて。
「美しい花」っていうのは目の前にある花の「全体」を表している。
「花の美しさ」っていうのは目の前にある花の「美しさ」という一性質、つまり「部分」を表している。
小林さんが「化かされている」と表現した美学者たちは、「花の美しさ」という「部分」を追求したがる。
なぜなら、一体この花のどこに美しさを感じでひきつけられているのか、それを曖昧にしておくのが気持ち悪いから、もしくはちゃんと言葉で説明できた方がその道のプロ感が出せるから、そーゆーことだと思うんです。
だけど、本当にいいなぁ~って思うものに対して理由を見出す必要はないのかなって大人になってから思うんですよ。
俺も昔、「サッカーのどこが好きなんだろう」とか考え出してこんがらがることありました。
例えば、「ゴールが決まった時が楽しいから!」っていう理由を考えたとすると、「じゃあゴールが決まらなかったらサッカーはすきじゃないんだね」って理屈上はこうなるわけ。
俺けっこう理屈っぽいんでそーゆー風に考えちゃうの。
でも決してそんなことないわけで、また他の理由を探し出すんだけど、結局出した理由の裏側をほじくりだす自分が必ず出てくるので、もう頭がおかしくなりそうになるんですね。
これが小林さんが言う「化かされてる」っていうことなんだと思います。
「サッカーのおもしろさ」があるんじゃなくて、「おもしろいサッカー」があるだけなんだよね、きっと。
だから自分が好きなものに理由は求めなくていいんだと思います。
好きなものは好きなものとして、その全体を、曖昧なまんまで、そっとつかんでいればいいんだと思います。
逆に、苦手なものがあったら、今度は部分に着目して、一箇所でもいいところ探せれば少しは好きになれるかもしれませんね。
「好きなものは全体を、嫌いなものは部分を」
自分なりにまとめるとこういうことだと思うんです。
だから、何にしてもそうだけど、「なんで~好きなの?」って聞いたときに、「わかんない。」とか「理由はない。」とか「なんとなく。」っていう人のほうが俺にとっては信憑性を持てるときがけっこう多い。
身の回りの人で言うと、留学の理由とかはっきりしてなくったって、行くって決めた人、行きたいって思ってる人は俺はかなり信用してます。
「留学に行きたい理由」があるんじゃなくて、「行きたい留学がある」、ただそれだけでいいと思いますよ~
まあ、お金出してくれる親を説得させたり、就活で聞かれたりしたとき用の理由は必要になってくるとは思うんだけどね。
そんなの後付で全然いいと思うんですよ。
すっげー無責任なこと言っちゃってすみません。
一番伝えたいことは、「応援してます」ってことです。
あなたの直感はきっと正しいです。
いざ、理由なき本当の世界へ!!
・・・ってなことをね、昨日布団に入ってから思いついたんで、せっかく暖かくなってきた布団から出てメモっといたわけですよ。
なんか不都合なことに、だいたい何か思いつくときは布団入ってからなのね・・・
もうちょっと日中がんばりなさいよって思います、はい。
ではでは(・ω・)/