今息子の小学校の保護者会に行って来たよ。


そこで気付いたことが色々あって、
心の動きをここに
忘れないように書いとこうと思う。




私自身についての投影かもしれないし、
ただの愚痴(笑)かもしれない。

けど、こう感じたというのを
観察してみたいと思う。

書き始めと書き終わりでどう変わるのか♪



小学2年生でも、
全国学力平均を見るテストがあるのね。

息子は微妙に平均に届かない感じ。

それもあるのかもしれない。

それもあるのかもしれないけど、
こんなに小さな時から
『平均値』という呪い(の様に感じる)の
中で育てられるのかと思うと、
私は何だかイヤ〜な気分になった。


自分がどの位置にいるのか知るって大切。

決して悪いことではないんだけど、
平均値がある事で、
良いとか悪いが生まれる。
と私は勝手に感じちゃった。


平均値より上なら良い。
平均値より下なら悪い。

良ければ良いで、
もっと努力しなきゃダメ。

悪けりゃ悪いで、
もっともっと努力しなきゃダメ。



子供の内、学生の内は学力の平均値で見る。

大人になったら、平均年収、生活水準で見る。

終わりはない。



平均というよく分からないフワッとしたもので
自分のことを測り、
良いだの悪いだの判断される。

ここを直しましょうって言われる。




私が思うに、
誰にも直すところなんてない。

自分がどこに行きたいか。
どうなりたいか。
どうしたいか。

平均値より下だと不幸なのか?

平均値より上だと必ずシアワセなのか?

今平均値を満たしていないと、
その人に“問題がある”のか?

今平均値を満たしていれば、
その人は“一生安泰”なのか?



平均値は客観的に見るための数字に過ぎない。

数字に良いも悪いもないのに、
その数字で判断する。
人を決め付ける。


伸びしろをどうして見ない?

どうして可能性を見ない?


そこには限界なんて無くて、
限りなく可能性が広がっているのに。



平均という枠に中で窮屈だと思った。

そう思うのは、
今の私だからかもしれない。


これは良いとか悪いとかじゃなく、
私は嫌だと感じた。
ただそれだけ。
に過ぎないのだけど…。




息子と向き合っていると、
私は私の思い込みに気付くことがある。


息子の将来を、
学力や生活態度で
問題視してしまうことがある。


私がした苦労をして欲しくないとか、
私の周囲の人が困ってた(様に見えた)から、
あんな風になって欲しくないとか、

息子との距離が近過ぎて、
直ぐには気付けないけど、
“なんとかしなきゃ”が発令してたな…
って後から気付く。



でも、そんなに息子は信用置けないだろうか?
可能性も未来もない子だろうか?

ちょっと思ったのは、
息子を通して、
私自身のことを見せられている気がする。
ということ。



シングルマザーで、
他所の夫婦揃った平均的な家庭同様の生活を
しているか、
させてあげられているか、
私が気にしているから、
平均値の話に敏感に反応した気がする。


そこに対する後ろめたさと言うか、
自信のなさが、
平均値に対する嫌悪感に繋がったのかな、と。




父親が居なくても、
事業用の借入の返済があっても、
よく人生で迷子になっても(笑)、
なんか知らんけど
私は日々シアワセに生きてる。



平均値で測れないものは沢山ある。
私は私の感性を大事に、
これからも物事を判断していこう。


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私のシアワセは私が決める。

数字や他の人の基準に惑わされなくていい。