ジョン・ルイス •ワシントン大行進 最後の指導者• | 黒人夫とのアメリカ生活30年

黒人夫とのアメリカ生活30年

黒人夫との約30年のアメリカ生活で体験した、黒人差別問題など、ありのまま綴っていきたいと思います。より良い未来を願って⭐️

1960年代に、黒人の人権確立のために闘った、公民権運動の闘士、ジョン・ルイス下院議員が17日、膵臓がんのために亡くなった。80歳だった。   


ルイス議員の死去に伴い、ワシントン大行進で演説した、公民権運動指導者は、全員が故人となった。

日本にいる友人も、その話をしていたので、日本でも報道されている事が、少し嬉しかった。

彼は、人種差別撤廃に尽力し、昨年末に膵臓がんを公表してからも、活動を続けていた。 


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1940年、アラバマ州で小作人の息子として生まれ、故・キング牧師に感銘を受けて、公民権運動に加わり、1961年にバスの人種隔離撤廃をめざした「フリーダム・ライド」に参加。白人専用席に座り、暴行を受けた。


約20万人が参加し、キング牧師が  

「私には夢がある」

と演説した、1963年の「ワシントン大行進」は、主催者の1人として組織。 

ルイスさんも

「目覚めよ、米国。私たちは待てない。我慢もしない」

と演説した。


1965年には、投票する権利を求めて行進し、アラバマ州セルマの橋を渡ろうとしたところ、警官から暴行を受け、頭蓋骨を折られる大けがを負った。



その5カ月後、投票時の人種差別を禁じる「投票権法」が成立した。


1986年に民主党から南部ジョージア州選出の連邦下院議員に初当選して以来、17期連続で州都アトランタを含む地域を代表した。


ペロシ議長はルイス議員について、

「公民権運動の巨人で、その善良な人柄、信念と勇気がこの国を様変わりさせた」

と称えた。


さらに下院議員としては、

「連邦議会の与野党を問わず、上下両院で敬愛されていた」

としのんだ。


「ジョン・ルイスは人生の一日一日をかけて、すべての人に自由と正義をもたらそうと取り組んだ」  





「57年前のワシントン大行進で、リンカーン記念堂の前に立って宣言したように、『私たちの頭も魂も心も、全ての人に自由と正義が実現するまで、安穏とするわけにはいかない』のです」 

と、議長は言った。

「がんと闘った最後の日々でさえ、ルイス議員は力を振り絞り、若いアメリカ人が街にあふれ出て繰り広げた、平和的抗議を訪れていた。あらゆる人種に正義をもたらすための、未完の闘いを継承する若者たちを、訪問していた。なんて彼らしいことだろう」


ホワイトハウスや沢山の政治家達からの、彼の偉大な功績を称える声で溢れていた。

オバマ前大統領は言った。


「新世代が自由と平等のために、立ち上がっていることを、ルイス議員は喜んでいた」


そして、


「自分の残した業績が、これほど有意義な素晴らしい形で、次世代に受け継がれるのを、生きている間に目にできる人は、そうはいない。


ジョン・ルイスはそれができた。


そして彼のおかげで、私たちはこれからどうすれば良いのか、みんな承知している。指示をもらっているからだ。


自分たちが愛するこの国が、その可能性を十分に実現できるようになるまで、自分たちはこの国を作り変えることができる。そう信じ続けるのだ」


と称えた。


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彼が、最後に公共の場で撮った写真は、ホワイトハウスの前に書かれた”BLACK LIVES MATTER”の文字との事だった。


彼が残したレガシーが無駄にならず、若者達が、ちゃんと受け継いでいってくれる事を願い、彼は、どんな気持ちに天に召されたのだろう。


天国で、笑顔でいて欲しいと思うと共に、彼のレガシーを無駄にしてはいけないと、改めて、心に誓うのであった。


リア友のルビーさんのブログもどうぞ。

 







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