これは、3ヵ月前の、父の日(6/21/20)に書いたものです。
*************************
私の父は、5歳の時、病気で父親を亡くした。
その後は、おじいちゃんが、父親のような存在だった。
おじいちゃんは、天皇陛下からも表彰されるような、立派な人だったようで、父はおじいちゃんの事を、とても尊敬している。
私が、息子の名前をどうしようか迷い、両親に相談した時、父は迷わず、「’哲’はどうだ?」とおじいちゃんの名前を薦めた。
私は、「’哲’って、ちょっと古臭いから、’哲哉’とかは?」と言うと、父は「いや、’哲’がいい。」との一点張りで、結局、息子のミドルネームに’哲’とつけた。
父は、息子に会う度、父がどれだけ、おじいちゃんの事を尊敬し、どんなに素晴らしい人だったのかを息子に話す。
(父から息子への誕生日カード)
幼い頃に父親を亡くし、悲しく悔しい思いも沢山してきた父は、何よりも家族を大切にする人だ。
私達が幼い時は、サラリーマンだった父は、毎日定時に帰宅して、家族との時間を大切にしてくれた。
父から怒られた記憶はあまりなく、いつもジョークを言って笑わせてくれていた。
私が夫との結婚を父に相談した時、2度目の結婚だった夫との事を、「まー、成功する確率は、半分半分だな。」と言いながらも、私の意思を尊重してくれた。
よく、友人などから、「両親に結婚を反対されなかったの?」と聞かれるが、一切なかった。
私の父は、20代前半に3年間で世界一周した経験があり、母は父と婚約後、父の薦めで、アメリカに1年間ホームステイしており、アメリカかぶれしていたので、それが影響しているのかもしれない。
そして、結婚した後、父は夫に”Letter of a Businessman to His Son (ビジネスマンの父より息子への30通の手紙)”を贈っていた。
夫は、そんな父の事を、とても尊敬しており、”僕は、君のお父さんのようになりたい”と、結婚した当時は言っていた程だった。
****************
私の夫は、私と出会う前に白人女性と結婚しており、子供も2人いた。
私と結婚した当初は、「子供は4人ぐらい欲しいね」という程、子供好きだったが、結婚してから、チャイルドサポートを含めた、元妻からの嫌がらせが酷く、次第に子供を怖がるようになり、結婚して4年目ぐらいに、「僕は子供を作る気にはなれないから、子供が欲しいのなら、他の人を探してくれ。」と言われた。
子供が欲しかった私は、本気で離婚を考えたが、嫌いで別れる訳ではなく、別れても他にいい人と出会える保証もなく、どうどう巡りで、パニック障害に悩まされる程になっていった。
その頃の私は、夫に言わせると、スーパーマーケットなどで子供をじーっと見つめていたらしい。
それまでは、ずーっと子供の事で、悩んでいた私だったが、結婚して8年目頃、私は子供がいなくても、生き生き生活している人達と出会い、子供がいなくても幸せに生活できるのではと、子供に拘るのをやめた。
そして、今あるものに感謝し、生活を楽しむようになり、本当に子供がいなくてもいいかも、と思うようになった途端、あれほど「子供はいらない。絶対、自分の意思は変わらない。」と言っていた夫が「子供を作ろう」と言った。
どうして、気持ちが変わったのか聞くと、子供のいない友人夫婦の旦那さんが、犬を連れて散歩する奥さんを見て「オレは、子供の代わりに、犬を妻に与えているんだ。」と言うのを聞き、”恵美には、そうなって欲しくない”と強く感じたらしい。
その後、私は直ぐ妊娠し、結婚10年目に長女を出産、そして、その3年後には長男も産まれた。
そんな経過があったので、子供が生まれた時は、その存在だけで感謝で、それ以上は何も望まない、と心から強く思った。
あらから、17年、夫は、最高の父親だった。
よく下の子が産まれた途端に、上の子がほったらかしにされて、上の子が下の子に嫉妬し、意地悪する(実際、私がそうだったのだがw)事がないようにと、下の子が産まれた後は、常に上の子と一緒にいてくれた。
夫は、いつもジョークを言って、私たちを笑わせてくれるが、子供達と真剣な話も何でもする。
先日、娘に、黒人差別や警察への対応方法などについて、夫から何か言われた事があるか聞くと、「いつも色んな事を話してくれるから、世の中で起こってることは大抵理解してるし、対応もできる。」と言っていた。
***************
長々と、父と夫について書いてきたが、何が言いたいかというと、この父の日に、私は心から、2人に感謝を込めて、”Happy Father’s Day”と言いたい。
私の為に、また父親になってくれた夫には、今朝、心から感謝を伝えた。エンターテイメントビジネスを目指していた夫は、父親になった事で、沢山の犠牲も払ってきたと思う。でも、それ以上に、子供達と沢山の喜びと感動を経験できたと信じたい。少なくとも、子供達にとっては、最高の父親だと思う。
既に、5回の脳出血を経験した82歳の父は、去年、車椅子に乗りながら、日本から私達に会いにきてくれた。食べ物の味もあまりわからないという父だが、幼い頃に父親を亡くした父は、私達には、そんな悲しい思いをさせたくないから、今も生きていると言っていた。
今年も、父の日のお祝いができることに、心から感謝と愛を込めて、HAPPY FATHER”S DAY💗
↓YouTube チャンネル↓
**************************************
ロス在住ブロガー情報

ハーフの育児ランキング



















