”対等”とゆー言葉が好きです

資格養成大学で学生に伝える内容に


精神保健福祉士(以下PSW)としての

倫理・価値・技術てのがあって


教科書にあるけんそこはひと通り喋っとるけど

個人的には

PSWとしての価値は他者や社会が決めるし

PSWとしての技術は後からついてくるもんだと


で、残るは倫理。これが超超重要なのよ

経験や年齢に関係なく大切で

また大切にできるかどうか(=センスとも言う)は新人もベテランも学生も関係ないのが倫理だと思ってて、これをもみじは熱っっ苦しく伝えていますメラメラ


「人として対等」とはどーゆーことか

コミニケーションオタクで

人はなぜ働くのかオタクの原点なのよ



前置きがもっすご長くてごめん泣き笑いお願い


もみじはダンスの先生とも対等にありたいとです

恐れ多い?それならそれで笑


呼称としては

先生、コーチ、指導者…とかが一般的かな

師匠と弟子って人もいるかもしれない


そのうえで「人として対等」にありたい


それはコミニケーションに表れるものだと思ってて、年齢やダンスの目的、それぞれの身体の特徴や状態、生活&経済的背景…それらをひっくるめて「こうしたい」てのが私たちのニーズであり、それをきちんと伝えて、先生のそれもきちんと聴くのが「人として対等」ってことなのかなと最近大いに感じています


とはいえ。とはいえたい!!


言いたくない(察してよ)

言いにくい(なんて思われるんだろう)

言い出しにくい(良い生徒だと思われたい)

言うのがこわい(関係が壊れる?)


とかいろいろあるとよね、そこが愛おしさのゆえん

だって人間だもの     Byもみお



最近、先生の深い「ペアダンスとは思いやり」にふれる場面があって「ごめんね、もみじのダンスは先生に対する思いやりが足らんみたい」とゆーたら「そこはもみじさんは考えなくていいよ」と泣くうさぎ


先生はダンスのプロフェッショナルとして「あまり気構えずにのびのび踊っていいよ」とゆー気持ちと、元来の優しさからそう言ってくれたんだと思うけど、もみじは勝手に伸びしろを足して

そこはまだ、考えなくていいよと解釈しました笑


いずれは先生を思いやれるようなダンスをしたいなぁ…(と、大きく出てみたクラッカー(*ノω・*)テヘ

今日のハシちゃんラブラブ
オードリーヘプバーンのごたるラブ