この曲をはじめて聴いたのは、青葉城ってどこにあるのかしらない、成人式をまだ迎えていない小娘でございました。

仙台、杜の都に行くことになったのは、20代最後のあつい夏でした。

初めて降り立った、東北エリア!

空港を降りた瞬間の潮の香り、

海のそばにある空港なので、ランディングのときに、横風がふくわで、

何度も恐いランディングを経験しました。

そして仙台駅周辺は、森の香りが気持ちよくて、都会なのか?田舎なのか?そんな印象でした。

仙台へ旅立つはなむけに上司がこの曲を歌ってくれました。

あ!これ悲しい歌やん~って縁起でもないって大笑い・・・・になって
その時初めて、悲しい歌詞なんだと知りました。

実際に暮らした街になってから聞くと、色んな景色や想い出が頭に浮かびます。

そしてこの動画を見るととても懐かしい気持ちになります。

そんな青葉城恋歌を

先日あった、平原さんのチャリティーコンサートで聴きました。

私の心の涙ボタンが押されて、涙腺が決壊してしまい、

コンサートホールで、そんなにも泣くか!というくらい、

嗚咽は出るし、はなみずも出るし、大変でした。。。。。

悲しくて辛くて・・・・とは又違うこらえようのない感情があふれました

そのコンサートには被災した方々がご招待されていたそうで、

きっと同じように情景が頭に浮かんだと思います。

今は地震と津波の被害で姿を変えてしまった街、失ったもの、家族、数えたらキリがないと思うのですが、

あのひとはもういない・・・・

でも、残してくれた想い出を胸に刻んで力強く生きてね・・・生きていこうね・・・という想いがあの曲には込められているのでは?と感じたのでした。

約30年まえの7月10日

私は瀕死の状態から救ってもらい、今、生きています

この30年間、色んなことがたくさんあって、

「あのとき助からなくてもよかったのに」と考えた時期もあったし、

「生きててよかった・・・・」と感じる日々もあって、

だけど、どちらかといえば、幸せを感じていた日が多いと思います。

だから、これから先にまた辛いこと、悲しいこと、苦しいことがあっても、

大丈夫、大丈夫って、そんな辛さ、悲しみ、苦しみは、人生のホンのわずかな時間だって考えたら、

受け止めて乗り越えられる気がします。


私が生きている限り、わたしの大切な人は私の中で生きつづけているのだから、

あなたの誰かも、そんなふうに、あなたの中で生きている・・・・・

生まれた日の記憶は、当然ないけれど、あの日(7月10日)瀕死の状態から回復したことは覚えています。いつもは忘れているけど、毎年この日に思い出します。

そして10日はおじいちゃんの命日でもあるのです。きっとあの日おじいちゃんが私のことを助けてくれたんだ・・・と思います。

あの時助けてもらったこと・・・感謝。。。

だからこれからも、

「人生でもっとも大切なとき、それはいつでも今です」

という、
相田みつおさんの言葉をモットーに生きていこうと思います。

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