一本木透さんの「だから殺せなかった」(東京創元社)・・・・・あらすじを読みとおしていただければ幸いです。

 

   20数年前、ある贈収賄事件の贈賄側の役人をあばき、報道したために、暗く悲しい過去という「十字架」を背負いながら、全国紙「太陽新聞」の記者を続けている一本木透。46歳、若くはないからだに鞭打ちながら、編集局に泊まり込む日々が続きます。横浜、さいたま、八丁堀、と3都県を股にかけた連続殺人が発生したためでした。連続殺人と判定されたのは、「犯人が犯行現場に捨てたタバコの吸い殻」に付着した唾液のDNAが、3件とも一致したため。

  そして「一本木透宛て」に「真犯人」からの私信が届きます。内容は、犯行声明と一本木を代表するマスコミへの挑戦が入り交じったもの。犯人は3件の殺人が「私怨」などという動機によるものではないこと、社会というものを侵害し続ける人間たちは、いわばウィルスであること。「悪いウィルス」を殺す自分は、いわばウィルスを「退治」する」ワクチンであること。なので、今後は自分はワクチン(「英語でありVaccineという綴りである」)を名乗ること。新聞記者らしく「言葉の持つ力」で犯行を阻止してみろ、といった内容です。

 ワクチンの主張によれば、殺す相手は「前もって調査選別したものではなく、日常生活での移動中などに偶然見かけた”卑劣な悪人” を速攻で殺した」ということでした。まず1人目に殺したブタ野郎は、「ヨレヨレの背広を着て酔っており、電車の吊革につかまっていても、たまにふらついて、隣りに立っていたワクチンにぶつかってきたので、たちまち殺意が湧いた」というのが動機。その上、今後も誰を殺すかについては「その場で決める」との宣言。

  犯人のこの挑戦を「受けてたち、一本木透による反論を独占記事の形で全国紙面に掲載し続ける」と決定した太陽新聞の幹部たち。そう決定したことによって、「なぜか事件に対する調査権まで獲得したらしい太陽新聞の社会部記者たち」。「いつの間にかフェイドアウトする警視庁、埼玉県警、神奈川県警の捜査1課の面々」。「合同捜査本部がたてられる気配すらなく、一本木を先頭にたてる記者たちは、”殺人現場で犯人が叫んだ人名”をヒントに、真犯人が誰か閃いてしまい、もうひとり殺した犯人を訪れて自白させ、事件を解決。なお「真犯人」への配慮として、最後の殺人の動機、真犯人の人物像に関しては公表しないことを、”太陽新聞のデスク”が決定した」のでした。

 

 

  

 

  ここまで、めげずに読んでくださった方が、ひとりでもいらっしゃったら、ありがとうございます。

  名著「キムラ弁護士」シリーズにならって、近ごろは読書中、これは!という部分には付箋をつけているのですが、「大量の付箋で本が膨らんだ」のは、雪富千晶紀さんの「レスト・イン・ピース」と本書の2作のみ。もちろん、その意味するところは、真逆です。

https://hama-sush-jp.pro/eseseve10/entry-12463417893.html

 

  「レスト・イン・ピース」は冒頭のモノローグで「爽やかなランニングシーンなのに、ただならぬダークな緊張感」が漂っていたため「絶対に騙されない」という心構えで、「伏線」と思われる部分には付箋を貼っていった結果、文庫本がラグビーボール状に膨れ上がってしまったのでした。それなのに、結果としては、みごとに騙されたわけですが。途中から、「今までの読書経験から考えて、犯人は”こいつ”しかない」と考え、”こいつ”の場面にはすべて付箋を貼るという、無駄遣いが虚しいです。

  

  比べて、「だから殺せなかった」に関しては・・・・・・最初のページで、軽く引っかかった部分が「大宮の宮町のオフィス街で起きた殺人事件を与野警察が捜査」という、ほんとうにちょっとした部分。宮町は大宮氷川神社の一帯で住宅や、飲み食い所、古い商店を主体とする町並み。「オフィス街」ではないし、14階建てのビルなど見たこともないという「あらさがし」なのですが、「所轄警察」が「与野警察」は明らかにおかしい。大宮警察がさいたま新都心に移転(平成31年度)する前なら、歩いて5分もかからないところに大宮警察が位置していたはずなのに、与野本町から何キロかけて現場に出向くんだ、と。些細なことですが、一応、付箋を貼りました。その時点では、「なにしろ、『屍人荘の殺人』がなければ、大賞だったというほどの作品だ」という先入観で、頭が染めあげられていたため、レビューの最後に「こんな傑作ですが、冒頭にお茶目なミスを発見」くらい書くつもりで。

  まあ、それをおいても、「冒頭、新聞記事3連発」は、へたすると、そこで読者が読むのをやめる危険もあり、悪手に分類される、と私は思っているのですが。宮部みゆきさんの「魔術はささやく」も同趣向ですが、それなりに整合性のあるため(以下、ネタバレが怖いので、書けません)

 新聞記事が終わって本文にさしかかったところで、ふと、この作家さん、文章が下手なのでは?と思い始めたのですが、辻村深月さんの傑作を読んだあとであの名文と比較してしまってるのだろうと、思い直します。本当に文章に難があるとしても、有栖川有栖さんのデビュー作「月光ゲーム」、東野圭吾さんの「放課後」のような(有栖川さん、東野さん、たびたび例としてあげてしまい、申し訳ありません。でも、おふたりとも2作目でオオバケなさったので)前例もあることですし、気にするまいと、決めたその直後・・・・・・手にした付箋がとんでいく早さ。あ、これは、もしかしなくても、地雷だったのか、と。

 

  いちいち、つっこむのは絶望的なので、どうしても気になる部分を。

  「ワクチン」は、抗生物質などの治療薬とは根本的に違います。「抗菌剤」ではなく、「ウィルス」を退治する効果などあるわけがないのです。なぜなら、「ワクチン」とは、「ウィルス」を弱毒化させたもので、生体が事前に「感染する」と発病しない状態で、「抗体」のみが生まれます。実際に「ウィルス」と闘って、発病を阻止するのは「抗体」です。

  って、中学時代で習いませんでした? 保健の時間に。

 

 そして、なぜ、わざわざアルファベット表記のwaccineに言及したのか。「ワクチン」とカタカナ表記で、あとは「しら~」と流しちゃうほうが「おとな的にお利口なやりかたなのに。英語で、この綴りを「ワクチン」などと発音するわけがないんです。”V”の発音は「ヴァ行」になるし、”C"はあとに”hi”がつかないかぎり「チ」の発音にならない。英語では「ワクチン」ではなく「ヴァクシーン」。高校に通って世界史を習うと、教科書の終わりに「各国人名表記表」がついていて、「ドイツ語のユリアは英語だとジュリアなんだ」「なぜ英語のウィリアムがフランスだと”ギョーム”なんかになるんだ!」など面白がっているうちに「V」の発音の法則みたいなものを、自然に覚えちゃうんですけどね。まあ、受験には全く役に立たない知識ですが。

 

 あと「パワポで書いて紙に印刷した資料。ちゃんと「パワーポイント」と、略さずに書けばいいのに、読者から「パワポなんてしらない。作者のパソコンの知識はすごいなあ」と尊敬してほしいのでしょうか。ただ、ふつう「パワーポイント作成物を紙面に印刷」なんて、コストがかかるうえに、紙面は空欄だらけ、なんてことしません。パワーポイントは、主にプレゼンを念頭に置いた状態で、「美しいスライドショー」を準備することに特化したソフト。文書だけの、読むための資料ならワードで充分、わざわざワードを立ち上げずにエクセルで書くという人も多いです。

  さらに「パワーポイント」も「ワード」「エクセル」も、マイクロソフトの製品名なので、版権や商標などに気を配る作家さんは、たとえば「ワード」ではなく「ワープロソフト」と書くのが普通だと思います。井上夢人さん、森博嗣さん、など思いつく限り「製品名」を書くようなことはしていません。

 

  まあ、ヴァクシーンであろうと、パワポであろうと、そのあたりは苦役の読書で疲労した私の八つ当たりですが、「ワクチン」にかんする誤解は、放置することはできないと思います。本来なら、増刷、重版、文庫化に際して「誤りがあったことを明記の上、訂正」していただきたいところです。いわば「狂犬病にかかったので医者で特効薬を注射してもらい、一命をとりとめた(もちろん不可能)」という誤りを平気で書くのも同然。作家として、特に医学に関する事柄は慎重に書いていただきたい。精神医学をも含めてです。

 ただ、ワクチンを正しく認識すると、「ワクチン」を名乗ることがナンセンスになってしまうので、作品のアクセサリー部分を改稿しなければならないでしょうが。

  たとえば封筒に蜜蝋で「V」と刻印するのも妙になります。もっとも、この部分は「洋画『Vフォー・ヴェンデッタ』」のパクリにしか感じられなかったのですが。

 

  細かい部分に触れるのはこれくらいにして、「ミステリーとしてはどうか」ですが。

  冒頭から宮部みゆきさんの初期の名作「魔術はささやく」を思い出させ、既視感が積もり積もっている点は、ちらっと触れたとおり。しかも、当時20代だった宮部さんの筆力に比べて、還暦くらいと思われる一本木さんの筆力は「幼い」というほかなく、「先達を超えた」などと褒めるのは無理。

 劇場型の連続殺人であるという点でも、無関係に見える被害者の間に共通点がある点でも、「魔術はささやく」と類似、目新しさ(たとえば、「すでに死んでいるゾンビを殺すのはなぜか」「密室をこじあけて襲いかかってきた殺人者が実は味方だったのはなぜか」とか)は、ひとかけらもありません。劇場型殺人としては「切り裂きジャック」「ゾディアック」「シャロン・テート惨殺」(「ブラックダリア」は、はずします)などの「実在の大事件」が起こっているので、これらを凌ぐ「驚き」「狂気」「知略」を持つ事件を要求されるでしょう。特に「殺人」ではないけれどなお未解決な「グリコ・森永事件」。あの犯人に勝る知謀にみちた犯人を創出できるかどうか。

 

  劇場型犯罪というと、雫井修介さんの話題作「犯人に告ぐ」を思い出す、という方も多いかと思いますが、一本木さんの「だから殺せなかった」は、「犯人に告ぐ」の挑戦側・受ける側を逆にして、果てしなく失敗した作品。とひょうげんすると、「ああ、あの感じ」と思い当たる型が多いかと。

 ただ、雫井さんの同作は、けっして作家さんの最高作ではない、少なくとも「火の粉」には遠く及ばない、と思います。

 

 これほど、劇場型犯罪を題材にするのはむずかしいです。クリスティの「あの名作」は、プロットの妙による目眩ましがみごとにハマったために成功したのだと思いますが。

 

  鮎川哲也賞は最近、内山純さん、、青崎有吾さん、安萬純一さん、月原渉さん、市川憂人さん、今村昌弘さんを輩出、兄弟賞というべきミステリーズ新人賞からも、梓崎優さん、深緑野分さんがデビューなど、「本格ミステリーの登竜門」としての高地位を固めてきました。

  本格ミステリー的に、「だから殺せなかった」を読もうという方は、無駄な試みにおわると思います。「偶発的・ほぼ無差別殺人」ですから。「人目を盗んで殺す」だけ。トリックも何もありません。

  社会派ミステリーとしては、というと、天祢涼さんの「希望が死んだ夜に」、桜庭一樹さんの「少女には向かない職業」などの胸を引き裂くような傑作と比べると、「作家としての意識の低さ」は、目も当てられません。「絶対悪」について書くなら、浦沢直樹さんのマンガ「モンスター」くらいは、最低でも読んで頂きたいです。作中でわかりやすく「絶対悪」について、ヒロインに語らせていますから。

 幼児虐待に関しては、比較的穏便に描写されている「救いの森」(小林由香さん)あたりは少なくとも読んだ上で、新作を書いていただきたいです。「ゲーム音楽がうるさいため子どもを蹴る」ことはやってはいけないことですが、現実の虐待がどこまで悲惨か、作者は下調べなさったのでしょうか。

 

  あと、人の子の親として、絶対にやってはいけないことが平然と書かれている部分には、正直のところ、怒りを感じました。

  琴美(一本木透の恋人)の父親が死ぬ前に娘に書いた手紙。あの手紙を書く、という神経が信じられません。自分が収賄罪で逮捕される次点に追い込まれ、平静ではなかったとしても、です。「娘であるおまえに晴れ着をきせてやりたくて、晴れ着用の反物を受け取ってしまった(そうでなければ自分は金品を受け取るような男ではない)」と書く必要が、どこにあるのか。そのあげく「無責任にも自殺」した男。読んだ娘が「おとうさんは、私のために反物というワイロをもらう罪をおかし、結果、自殺した」と思い詰めるであろうことは、想像もできなかったのか。

  作者さんは、文脈的にこの父親を「品物は受け取ったが、現金は受け取っていない清廉な男」として描いているのですね。

 

  世評(アマゾンなど)は、高評価・激賞レビューの嵐。正直、かなり驚きました。「屍人荘の殺人」とタメをはれる、との意見にもびっくりです。

  「屍人荘の殺人」といったら、空前絶後・史上初の原因でクローズドサークル完成、殺されなくても生き残れるか不明な極限状況に”必然的に”動き出す超絶難関のトリック、あれはああだったのかと終わってみれば納得の伏線完備のプロットと、よくも書き込んだ、と一読呆然の「本格ミステリーの新ガイドライン」といっても良い作品。

  いったい、この「アキレスとカメ状態」の2作の、どこに「肩を並べられる」要素があるのか。なんとなく「屍人荘の殺人」の名声にまで、泥を掛けられたようで、気分はけっしてよくありません。なので、一部のかたがたには、僭越ながら「お読みになられないよう」忠告させて頂きます(どなたたちのことか、該当するみなさま、おわかりだとおもいます。国内本格ファンのみなさまにくわえて、海外ミステリーのオーソリティさま、あなたさまもふくみます。はっきりいって、これが受賞するなら美人探偵ラウラが受賞しないわけがないとおもいます!)。

 あまりに悪い意味で驚いたので、控え目レビューにしようと考え、実際、これでも控え目に批評したつもりです。いくら、評判がよくても「良い」と思えなかった作品を「良作認定」することは、書評ブログを書かせている一介の読み手として、「生理的に無理」です。