桂望実さんの「エデンの果ての家」(文春文庫)

 

 葉山和弘、38歳。大学卒業後、大企業に就職する道を拒んで、親友と共同で盆栽専門企業を起業します。良い品質の盆栽のみを扱う、遺品の盆栽や売らざるを得なくなった盆栽を適切に評価して買い取る、 日曜日には元気をなくした盆栽の状態を診て「入院治療」も受け付ける「盆栽クリニック」を開催、など細やかで誠意ある営業努力を重ねた結果、今では10人にあまる社員を抱える会社組織に成長しました。 久美子という素敵な女性と結婚し、私生活も順調そのもの。

  しかし、そんな和弘の幸せを揺るがす事件が発生。実家で一流商社員の父、敬一と暮らす母、直子が何者かに殺害されたのです。

 悲しみをたたえる告別式に踏み込んできた4人の見知らぬ男たち。かれらは、捜査一課の刑事で、あろうことか和弘の2歳年下の弟、秀弘を、実母である直子を殺した容疑で逮捕したのでした。

  和弘は驚愕。「世間的に見て一流であること」を価値観の基準とする両親に反発して、盆栽店を開業した和弘とは違い、秀弘は両親の自慢の「良い子」、一流大学を卒業後、内定した大企業多数から大手ゼネコンを選んで就職、30歳にして部下たちを持ち、清水七という女性との結婚がほぼ決まっている状態。両親から疎まれている和弘と逆に、幼少時から要領がよくて両親の愛と期待を一身に受けて現在に至ります。とりわけ、母とは「相思相愛」の仲。母を深く愛していた秀弘が、母親殺しの犯人だとは、信じることができません。

  ところが、秀弘の拘留期間が経過する寸前、秀弘の拘留期間が延長されます。清水七が浴槽で溺死したのが事故ではなく他殺であると判断され、秀弘には七殺しの容疑までかけられたのでした。

  敬一の旧知の弁護士が情状酌量を訴える戦術を勧めるのに激怒した父は代わりの弁護士を探すと息巻きますが、適任者が見つからない。人気者であるはずの秀弘のために証人として出廷しようと名乗りをあげる者もいない。

  そして、徐々に判明していく事実。秀弘が、部下へのパワハラで左遷されたあげく、4年も前に大手ゼネコンを辞めていたこと。一流企業への再就職を望んだものの、軒並み断られたこと。清水七が、自称していたような大企業のOLなどではなく、風俗嬢であり、しかも秀弘と他の男との二股をかけていたこと。温厚で控え目だと思われていた母、直子が、通っていた懐石料理教室で、派閥のボスであり、敵対的な生徒たちを退会に追い込んでいたこと。

  和弘の会社関係の民事弁護士に紹介された刑事弁護士がようやく、秀弘の弁護を引き受けてくれたのですが・・・・・・

 

 

  桂望実さんといえば、有名なのは映像化された「県庁の星」「嫌な女」、その他、近未来並行世界の日本を舞台にした「平等島」など。「嫌な女」も、それほどイヤなヤツではなく、もちろん、イヤミスでもなんでもない。総じて、風刺は込められているものの、明るく、場合によっては、コミカルな作風の作家さんとして知られているのではないか、と思います。

  このような作家さんたちが、「異色作」、つまり、重くてシリアスな作品を書かれた、という事実もけっこう多く、そのほとんどが、傑作というにふさわしいクオリティを持っているという「法則」めいた傾向があります。以前、ご紹介した天祢涼さんの「希望が死んだ夜に」が、その代表と言えるでしょう。

 

  「エデンの果ての家」も、そうした種類の傑作。

  後半部分は、精密な筆致で書かれた法廷ミステリーとなっています。

 

 久美子の言葉どおり、もし被告席にすわるのが秀弘ではなく、和弘だったら、法廷に入り切れないほどの人々が「弁護側の証人」として、自ら進んで出廷しようとするでしょう。しかし、秀弘側の証人を、しぶしぶながら引き受けたのは、わずかに二人。それに対して、あくまでも秀弘の犯罪を追及し、重い刑をのぞむ女性検察官は、大量の証人を擁している状態。状況証拠が重ねられただけの状態で起訴に踏み切った検察側ですが、物的証拠が必須という意識の薄い裁判員法廷では十二分に勝算ありと考えた上での起訴であることは明らかです。

 

  そして、「状況証拠」および「心証」の、なんと重く、容赦がないこと。

 

  明らかになっていく、秀弘が過去に行なった「裁かれる可能性が無い犯罪」の数々。法律には触れていないものの、「被害者」の受けた傷は、どれほど深いことか。

 

  会社内に、かばってくれるような同僚のひとりもいない「エリート社員」がなお、同僚たちを見下げているかのような現状。

 

  そして「学業成績」「出身大学」が考査される新卒の就活ではなく、「人としての自分」で合否が振り分けられる再就職活動という「市場」。 秀弘は「不良品」「クズ商品」と査定されながらも、その「査定」のほうが間違っている、という考え方を変えることができない。

 

 イケメンでエリートで、モテモテなはずなのに、30歳すぎても、なぜか結婚を受け入れてくれる女性がみつからない。

 

 高校時代、学校で一番の美人学生が交際したいと望んだのは「学校のスター」である秀弘ではなく、弟に比べて地味な存在である和弘だったという真実の過去。

 

  序盤で「たぶん一番イヤなヤツ」認定されるであろう父、敬一の「イヤ」な印象さえ、読み進めるうちに薄れていきます。

 

  多くの書評や紹介文がこの作品を「家族の物語」と捉えていますが、「家族」という単位を超越した「人間と人間たちの物語」です。

 

  なぜ、秀弘は敬一と和弘が弁護側証人となることを拒否し続けるのか。

  なぜ、和弘の起業した会社が扱うのは「盆栽」だったのか。

  すべての謎が解明され、すべての事象に、あるべき原因があることが明らかになります。

 

  確かにミステリー作品です。

  しかし、ミステリー作家さんなら書かないであろうミステリー作品です。