天祢涼さんの

 「希望が

   死んだ

    夜に」

(文藝春秋)

 

  2010年代後半の師走も押し迫った夜。

  場所は神奈川県川崎区の、向ヶ丘遊園付近。放火を危ぶむ声があがっており、最寄りの交番の巡査が、空き家の混じる住宅街を巡回していたところ広壮な無人の邸宅から怪しい物音が。巡査が駆けつけたところ、天井から吊るされた近隣の中学2年生、春日井のぞみの遺体を発見。巡査はその場から逃げようとしていたらしい冬野ネガという少女の身柄の確保に成功します。さっそく県警の捜査1課の新鋭刑事、真壁と、所轄の少年係の女性刑事、仲田が、冬野ネガを拘留している多摩署に駆けつけました。

  ネガは死んだ春日井のぞみのクラスメイト。彼女はのぞみを絞殺し、自殺に見せかけたと自供しますが、なぜ殺したのか動機に関しては「黙秘する」と宣言した上、ふたりの刑事を挑発するかのように、「これって”半落ち”ってやつだよね」と鼻先で笑う始末。動機どころか、ふたりの少女がなぜ荒れた空き家で一緒にいたのか、それさえわかりません。

 冬服のセーラー服はよれよれで、クリーニングに出しているかも怪しい。背中まで届く髪は、ロングヘアなどというものではなく、ただ伸ばしっぱなしにしてるだけ、やせていて、顔色も悪く、ひとめで貧困家庭の子どもだとわかります。対する春日井のぞみは、手入れの行き届いたショートカット、セーラー服もプレスされ、なにより非常に美しい少女です。聞き込みを始めるや、のぞみが住宅密集地から少し離れたところに建つみごとな邸宅のお嬢さまであることが判明します。お金のかかる吹奏楽部に所属、何十万もするフルートを愛用。幼くして母を亡くし、一流企業の高給取りの父親とふたりぐらし。学力でも模試の上位の常連である彼女は、音楽教育に力を入れているエリート私立の東慶高校へ、 優秀な特待生として進学する気持ちで日々、励んでいました。

  一方、ネガは貧しい母子家庭の子ども。両親が離婚する前にすでに貧しかったので、実父からの養育費も無し。母、映子は実家から絶縁されており、援助を受けることは不可能。実質、中卒で家事を満足にこなせるかどうかも怪しい映子。事務職に就くために必要なスキルは何ひとつもっていない上、体力もないので、出来る仕事は料理店や中食産業の調理の下働き程度。極度の対人恐怖症ですぐパニックを起こすので、どの仕事も長続きしません。現在の弁当屋の下働きも欠勤をくりかえしては、家で横になっている状況です。生活保護の申請に何度か行ったものの、スレスレの貧困者を切り捨てる「水際作戦」に引っかかり、申請を却下され続けているとの話。

  真壁の良そうに反して、周囲の人々のほとんどが「ネガは人を殺すようなこじゃない」という気持ちを語ります。特に、ネガの幼なじみの少年、長谷部友輔の母、ライターとして活躍中の長谷部翼は「ネガは無実。のぞみは自殺」と確信して、一歩も退かない構えです。

  より慎重に捜査を続ける真壁と仲田が知らされた新事実。なんと、ネガは年齢を偽り、深夜の居酒屋で働いていた、家に帰るのは夜明けすぎだったとのこと。仕事が終わるのが深夜2時、それから夜が明けるまで、ネガはどこで何をしてすごしていたのか。

 

 

  ものすごく重い、ひたすら重い話です。

  世襲議員ミステリーや葬儀屋ミステリーなど、「軽さ」まっしぐらの天祢涼さんの作品、ということが、完全、信じられないほどです。

  あえていえば、「子どもの貧困」というテーマにガチで取り組んだ「社会派ミステリー」ということになるのでしょうが。社会派といっても、ひところの「社会派」のように「巨悪」と戦うわけではない。

  生活保護を受けさせなかった「福祉課」が「巨悪」?

  それは、見当違い。すぐに解ってしまう「真実」なので言及してしまいますが、お役人といっても税金から払われる給料に見合うだけの仕事はしてるんです。

  もっとも、私が見てきたかぎり、福祉課所属の公務員さんたちは、「こんなたいへんな仕事をしてるのに、それに見合うだけの給料はもらえていない」というのが現状だと思います。

 

  ネガという名まえは「願い」から名付けたとのことですが、はい、これってDQNな「キラキラネーム」です。ネガの父親は、高校の教師で、ふつうに考えれば「常識」があるだろうと判断されると思います。なにしろ、正教員として働きながら、炊事洗濯清掃をし、余裕があれば育児も手伝っていたという男、その上、教育者としての使命感も強かったようす。それなのに、今は別れた妻子に仕送りもできない。

 

 ある日のネガの夕食は、数日前にまとめて炊いたご飯を、ご飯茶碗に小盛で一杯。具なし味噌汁。スライス・ハム3枚。特別にデザート付。リンゴ半分。以上です。ある日の 「贅沢な食事」。ハムが3枚もついているんですから。終業式のため、昼食は抜いています。水は家庭の上下水道料金に影響しないように、中学の校庭の水道で飲みます。一気に飲むと胃腸がびっくりして吐いてしまうので、慎重に数回かけて飲む。錯覚ですが、飢餓感も薄れます。そんな娘を育てながら、母の映子は、生活保護申請のためにヨロヨロと区役所に出かけては、「人と会って疲れたから」喫茶店でメロンソーダを飲む。「残暑が体にさわると困るから」タクシーに乗って帰る。疑問のひとつも湧かないのか。

 終業式の午後、ネガ帰宅すると、その映子がいる。まだ終業時刻まで3、4時間もあります。仕事でミスした映子は弁当屋の店長から「帰れ」と怒られたと泣いている上に、気分も悪いらしい。気分が悪くて倒れている。その実、「ただ横になっている」。しかたなく、ネガは節約を諦めて、映子が寝ているキッチンだけに冷房をいれます。体調が悪いといいながら、映子は医者にかかろうとしません。国保に加入していても初診代だけで2000円ほどかかる上、薬代もかかることを恐れているらしい。そして、おそらく国保にも未加入でしょう。2カ月に一度とはいえ、保険料を払いこみに、3時までに銀行の窓口に出向いて、行員と言葉を交わす。映子にとっては大仕事。だからといって、ネガを代わりに行かせたりはしない。映子はネガに現金を持たせないんです。ネガが稼いだバイト代もすべて映子が管理。なんと、ネガは友だちとファミレスに行くどころか、自販機で飲み物を買ったことさえない。買わせてもらえないのが、ネガにとっては 「当たり前」。

 ようやく母の世話をやいて、ネガが制服を、よれよれ、のびのびのTシャツ、しかも1枚しかない私服に着かえると、映子は夏休み中着ない制服はジャマなので洗濯機に入れるよう言ってきます。ネガがついでに洗濯しようとしはじめると、水道と電気の無駄つかいだと、映子からストップがかかります。ちなみに、たぶんネガは「洗濯洗剤」というものを見た経験がないと察せられます。夏休み中、洗濯槽にしまいっぱなしだった制服を、ネガは新学期に来て登校せねばなりません。

 

 でも、なぜか中学ではネガを苛める子はいないんですよね。特に女の子。男の子たちは、かげでネガを「クサい」とウワサしているのですが。

 

  読んでいて、一点だけ不思議だったのが、ストーリー上、あの真実を隠す意味があったのかという点。隠したことで、ネガのモノローグ部分に矛盾点があるのでは?と読みなおしてみましたが。なんと、矛盾点、アンフェア描写、皆無。これは、かなりのテクです。

 

  犯人はあのひとだったわけですが、道義的に一番、罪深いのは、あっちのひと。

  あのひとは、裁かれるのに、あっちのひとを裁けるひとはいません。

  法律にふれるようなことは、していないから。

 

  かたちは、ハッピーエンド。でも、一番、罪深いひとが一番、得するけつまつ。少女たちの物語。櫛木理宇さんの「FEED」、桜庭一樹さんの「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」、そして本作。

  あなたが読んでみて、一番、やりばのない怒りを感じるのはどの作品でしょうか。

 

 「FEED」ほど救えない、やりきれない作品は書かれないだろうと思っていましたが。

 甘かったようです。