深水黎一郎さんの「美人薄命」(双葉文庫)

 

   21世紀に入り、一挙に高齢化が進んだ都内の古い住宅街。築何十年になるのかさえ解らない木造アパートの一室で暮らす内海カエ、84歳。キセルにタバコをつめ、のんびりと燻らしながら、60年以上も昔の思い出を自分の心に描きつつ、買ってきた大福を食べるのがたったひとつの贅沢。彼女は、後妻として嫁いだ相手の情の薄い夫のこと、癇が強くて育てにくい幼いふたりの継子のこと、夫の死別した前妻を当てつけのように褒める姑のことを、心に描きます。姑に強要された薪割りの仕事中、木っ端が飛んできて左目を直撃、医師にかかるのが遅れたために白目の傷は治療不可能で、左目の視力は失われた上、醜い傷痕も残りました。苦い思い出の闇間に光をともすのは、幼児期からの婚約者だった五十治という青年の記憶。結婚したいと願っていました。しかし、有名大学の優秀な学生だったにも関わらず、高身長でたくましく、運動能力も高かった五十治は、学徒出陣の名簿に名前がのって出征、南の海で戦死。特攻隊だったため、遺体も確認することさえできませんでした。もし、出征する前に結婚できていれば、あるいは自分も子どもに恵まれたのでは、と思うカエ。B29による大空襲で父母きょうだい全てを亡くしたカエは、戦後すぐに姑の命令で婚家を離縁されていたのです。

  思い出と共に暮らすカエに、最近、新たな楽しみが。杉村夫人という裕福な中年の女性がボランティアを立ち上げ、月に2回だけですが、手作りのお弁当を昼食として配達してくれるようになったのです。

  二流どころの私大のチャラい学生、磯田総司は、そのための弁当配達のボランティア。しかし、これは社会学部生としての成績が悪すぎるために、教授が総司に課したペナルティ。ついでに卒論のための実地調査もしてこい、ということなのでした。

  総司は、なにしろチャラい男なので、かっこよくバイクが乗れるという点でかろうじてモチベーションを保っている状態。しかし、むかし憧れの美少女だった沙織ちゃんが、このボランティアの調理係になっていることを知って、俄然やる気に。

  一刻もボランティア本部に帰って沙織ちゃんに会いたい総司でしたが、話相手がほしいお年寄りたちは、そう簡単に総司を解放してくれません。内心では苛立つ総司でしたが、なぜかカエおばあちゃんが、大福と不味いお茶でもてなしながら語る昔語りには聞き入ってしまうのでした。

  見栄えも心映えも秀でた婚約者を戦争に取られ、かわりに結婚した夫は再婚で風采があがらず、しかも女がいるという辛い結婚生活、あげくのはてに姑にいじめられて身一つで離縁させられたカエ。そんな過酷な運命に、なぜ今までタエが怒りをぶつけなかったのか、総司には不思議でならないのですが、やがて総司の前に現れた人品卑しからぬ男が告げます。カエの昔語りの裏には、「もうひとつの沈黙の真実の物語」が秘められているということを・・・・・・

 

 

  「美人薄命」これがタイトルです。一瞬、五十音順に並んでいる書棚の本の順番が多少いれかわって、早見和真さんか、あるいは、まさかのまさかですが百田尚樹さんあたりが書いた作品と間違えてしまったか、と本気で疑ったのですが、本を抜き取ってどんなに確認しても、深水黎一郎さんの作品でした。

  しかし 「最後のトリック」「ミステリーアリーナ」「テンペスタ」「虚構のアラベスク」などといっしょに並んでいると、どうしようもないくらい場違いないんしょうです。

  それでも、「ミステリー」と銘打ってある。「純愛ミステリー」というところが、微妙に、微妙な感じがしましたが。

 

  読み終えると・・・・・・レビュー、むずっ!!

  歌野晶午さんの「葉桜~」をレビューするよりも、デリケートになる必要性を感じます。とにかく、あれがああだったのですから、どう頑張っても、多少はアンフェアになってしまいます。というわけで、上記あらすじも実は・・・・・・うーん、我ながら微妙なあらすじです。

  しかしこの「美人薄命」に対して、「アンフェアだ!」との声が上がったことは皆無だと思います。「美人」でも「薄命」でもないのに「誇大広告だ!」という声すら聞かない。

  そう、とても、とても、手練れなストーリー運びなんですね。

  深水さん、トリックとネタと冒険心だけの作家さんだと決め込んでいたのですが・・・・・・たいへん失礼をいたしました。

 

  少しでも興味を持たれたかたは、ただ「伏線疑心暗鬼」に陥るのではなく、ストーリーテラーとしての深水さんの筆の運びを存分に堪能していただきたいです。

 

  カエの独白パートは、まるで宮本輝さんや、古くは円地文子さんの文章を読んでいるかのようですし、

  ストーリーテリングの妙は、最盛期の岡嶋二人さんの、精緻なプロットに支えられた展開さながらです。

  そして、丁寧に活写された脇役ひとりひとりに関しては、もはや奥田英朗さんの領域に達した、と言っても過言ではないでしょう。

 

  深水さん、すでに、かなりの、かなりのお年、遅咲き時代作家べある山本一力さんのデビュー年齢をとっくに超えていらっしゃると思うのですが、老いたなんてとんでもない、実はこれからが伸びどころ? 伸びしろが余りに余っている?

  そんな感じが、全然、否定できない読後感です。

 

  といいつつ、近作の「虚構のアラベスク」を読んでいない!

  なんとかせねば。