福士俊哉さんの「黒いピラミッド」(角川書店)

 

  現代日本におけるエジプト考古学の最高権威、聖東大学古代エジプト研究室。

  ここで大学講師をつとめる青年考古学者、二宮は、准教授昇進がほぼ確定となった天才。容姿は精悍で、女子大生たちや女子院生たちから、圧倒的な人気を誇ります。学部の権威として君臨する、気難しい高城教授さえ、二宮をたいへん気に入り、積極的に援助し続けてきました。

  昇進を控えてエジプト発掘に参加した二宮は、女子学生の麻衣と密かに落ち合います。麻衣は二宮の恋人ですが、ふたりの関係は秘密でした。

  二宮は本隊と別行動をとり、麻衣を連れて、未採掘の古代の墓を探検。そのとき、盗掘者のミイラの握る麻布の堤を発見した二宮。麻袋には呪いの詩が染め付けられていましたが、英語なので二宮は気にも留めません。麻布とそれにつつまれていた装飾品を二宮は持ち帰るのですが。

 カイロについて麻衣と夜を過ごした二宮。しかし、目覚めた麻衣は何かに追われるかのように、宿の窓から飛び降りて、墜死。傷心と衝撃の中、帰国した二宮の前に出現したのは、漆黒のピラミッドの幻影。正気をなくした二宮はエジプトの死の神アヌビスの仮面をかぶり、研究室の集まりに乱入、同僚たちを次々に惨殺して、自殺。

 その惨劇のたったひとり、二宮の同期の女性講師、日下美羽は二宮が自殺する直前、「黒いピラミッド」「呪いのアンク」とつぶやくのを聴き留めます。二宮が盗掘者のミイラから奪い、無許可でエジプト外に持ち出したもの、それの正体こそ 「呪いのアンク」なのでは? 和菓子屋を営む弟、その若妻、小学生の甥と同居する美羽は、二宮と麻衣の死に疑問を抱く優秀な女子大生、花音とともに、ついに「呪いのアンク」を見つけるのですが、それは「呪い」の連鎖を招くのでした・・・・・・

 

 

  数々の傑作と才能ある作家さんたちを生みだしてきた角川ホラー大賞が、ついに幕引きを迎えました。

  エンタメ界への貢献度、輩出した作家たちの顔触れ、「ハズレ」の少なさという点では、鮎川哲也賞に並ぶ「成功した賞」といえるのではないでしょうか。

  最高傑作として、誰もが認めるのは、これはもう貴志祐介さんの「黒い家」で決まり、だと思います。

  それに続くのが、小林泰三さんの「玩具修理者」と、恒川光太郎さんの「夜市」ではないかと思うのですが、どちらも短編。「玩具修理者」は、これが〇〇〇〇〇、つまり、あの神話体系であることがわからないと「真の怖さ」が迫ってこない、「夜市」」は幻想的美的すぎて、ファンタジー寄り。

  そもそも、長編を支えることのできるテーマとして、なにが残されているのか。

  「黒い家」系は、挑戦するだけ、無駄。五十嵐貴久さんの「リカ」など、類似テーマと思われる後発作品は、のきなみ、惨敗です。元祖「黒い家」を超える作品は、今後も出ないと思われます。「黒い家」は新分野を拓くと同時に、その分野の可能性を閉ざしてしまった、といえるでしょう。「ISOLA」の多重人格(ネタバレではない)、「クリムゾンの迷宮」の〇〇〇〇ゲーム、そして分野さえ不明だjけれど同種の作品は劣化コピーしか書けないと思われる「天使の囀り」など、貴志祐介さんは「天才の持つ危険性」を象徴するかのような作家さんです。いまや、「自身の天才性」を超えることに苦しんでおられるのでは、と思います。

  その他、バイオホラーの「パラサイト・イヴ」、土俗ホラーの「死国」などなど、どうやればこれ以上、怖い作品が書けるというのか。「ぼぎわん」の澤村伊智さんがしいていうなら「中興の作家さん」といったところでしょうか。しかし、これもまた同じ宿命。つまり「ぼぎわん」の系統で、これを超えるのは・・・・・・・

  つまり、長編のホラーはきわめて難しい分野であることが証明された、という感じで終わるかに思えたところに・・・・・・

 

  実は長編ホラーの傑作は、現在でも書くことができる、と証明するかのように立ち現れたのが、この「黒いピラミッド」。

  それも「斬新」という評価をきたいできない正統派古典的ホラー。「呪い」しかも「エジプト」という、手垢のついたかに見えたこのジャンルがこれほど、おもしろく、また、怖いとは。

  

   思うに、「リング」にしろ、「墓地を見下ろす家」にしろ、シャーリイ・ジャクスンの「丘の屋敷」にしろ、「邪悪な呪い」は、人間たるもの、本能的に怖いのです。

  怨霊や幽霊がなぜ怖いのか。それは「たたり」「呪う」から。たたらない幽霊が、いかに怖くないかは、昨今流行りの「幽霊が探偵さん」「幽霊がワトソンくん」系のライトミステリーを1冊読めば実感しつくせます。あるいは香月日輪さんの「妖怪アパート」でも、若竹七海さんの「サンタクロースのせいにしよう」でもかまいません。

  知念実希人さんの「天久鷹央」が面白いのは、「呪いは怖い」の前提があればこそ。 

 

  そして、怖いことに「呪い」は「感染」しちゃうんですね。 なので「リング」シリーズは1作めの「リング」が一番こわい。これを読んで怖くなり、恐怖に耐えられなくなったら、解決策は簡単。「らせん」「ループ」と読み進めたうえで「リング」をよみなおすと、まったく怖くないことに気づいてしまいます。

 

 さて、「黒いピラミッド」ですが、怖いのに、万華鏡のような世界が展開されていきます。

 登場人物たちが華やかであることも主因のひとつですが、湧き起る知識の洪水が、目をくらませます。そして驚くべきは、この「大量な知識」が、「読書」をはじめとする「情報媒体から摂取」したものではなく、作者が「経験、体験」によって蓄積したものであるということ。衒学趣味でないことへの驚きの声も寄せられていますが、衒学になるはずがない。〇〇駅前の新しいラーメン屋で食べたらタンメンが絶品だった、という感じでエジプトに関するアレコレを描いているのですから。

 

  真相へのヒントも数多くちりばめられているのですが、多くが「ダミーヒント」。

  そして、「怖さ」をたたみかけてくる、ストーリー展開。

  イギリスの呪われた貿易商会の末裔が、じつは現代のエジプトに残っており、後継者が〇〇な人だったり・・・・・

  ツタンカーメンの呪いって実は出版社の販促ガセネタなのか、と安心させておいて・・・・・だったり。

  安全なようなものがさっきはシロだった、こんども大丈夫、と思っていたら、真っ黒。

  ハリウッド的に「無垢」つまり「聖」に近いあれは、このなりゆき的にシェルター? それとも、まじやば?

  そして、あるところまで読むと、かなりのひとが、ああアレか、と思うと思います。私も思ったし、それでも、この小説は、はんぱなく面白いと感じるわけですが。

 

  怖い場面がドロドロしてないという批判もありますが、「丘の屋敷」もドロドロしていません。なので、この作品も「アンクの表面にあんなもの」が、という場面などは、むしろ「やりすぎ」「インディ・ジョーンズあるいは漫画ベルセルクみたい」といった感じがしました。「呪い」といえば即「臓物ぐちゃぐちゃの呪われた惨死」なのでしょうか。ウォーハンマー・ノベルの「ドラッケンフェルズ」や、ゲーム&映画「サイレント・ヒル」あたりは、確かにそうでしたが。そして「サイレント・ヒル」は、マジで怖いですが。

 

  ただひとつ。

  読み終えてもエジプトは、やっぱり怖い。

  人間、怖いものは、怖いのです。